お手本の3Dモデルに自分を重ねるVRならではの学び方
VR(バーチャルリアリティ)を利用したコンテンツは徐々に一般化されつつあり、それはゴルフの分野にも及んでいます。そんなVRゴルフ練習アプリの中からすでに実用化されている「CanGolf」を体験してみました。
CanGolfを体験するために必要なのは「ヘッドマウントディスプレイ」、いわゆるVRゴーグルとそれに付属するコントローラー型センサー。そしてセンサーを取り付けるクラブの3つです。本物のクラブにセンサーを取り付けて体験することもできるそうですが、今回は実際のドライバーの重量感や振り心地を再現した器具にセンサーを取り付けてチャレンジしました。
一口にトレーニングといってもビギナーから上級者まで幅広いですが、今回体験するCanGolfは初めてのゴルフをやさしく楽しく体験できるようにすることをコンセプトとした初心者用のアプリ。
さっそくVRゴーグルを装着し、アプリの起動を待ちます。真っ暗だった視界にまず移ったのは大きい「はじめて」の文字。何事かと思いましたが、どうやらVRアプリではコントローラーのボタンを実際に押すのではなく、空間に浮いたボタンに一定時間目線を向けることで行うそうです。
さらに辺りを見回してみると、バルコニーがあるインドアの練習スペースといった感じ。というか、360度見回してもきちんと空間が描写されていることに驚きました。先ほどまで会社の会議室にいたんですけどね。質感は現実離れしていますが、一方で立体物がたしかにそこにあると感じられる、不思議な感覚です。
現実で実際に握っていたのはドライバーの3分の1の長さもないほどの器具ですが、VR空間では45インチ相当のドライバーを握っていて自分の手元の動きに合わせてクラブを動かせますし、フェースの開閉もきちんと反映されます。ちなみに現時点で実装されているのはドライバーのみだそう。
肝心のアプリの内容については、グリップの握り方からアドレス、テークバックからフォロースルーまでを3Dモデルを参考に一通り教えてくれるカリキュラムと、レンジで好きなだけボールを打てるモード、そして打球で浮かんでいる風船を狙って打つなど、VR的な遊びを盛り込んだミニゲームがいくつか。
初心者向けということもあり、ゴルフスウィングの基礎的な内容を学ぶことに重点が置かれています。3Dモデルをお手本にしていくわけですが、それだけ聞くと「現実でレッスンを受ければ同じことができるのでは?」と思ってしまいますよね。
でも、ただ見るという行為一つとっても、VRでこそ実現できる要素はたくさんあります。もちろん3Dモデルだから、正面から見ても良いですし、背面、飛球線後方……あらゆる角度対応。しかも、現実では振っているクラブが当たってしまうので危険ですが、VRならより間近でスウィングを観察することもできるんです。
さらには、お手本となる3Dモデルをただ見るだけでなく、自分が重なることもできるんです。言葉として知識を得たり、レッスンプロのお手本を目で見て学ぶことも大切ですが、3Dモデルと重なることで、同じ動きを直感的に体験できるという手軽さはVRならでは。もちろんVRゴーグルの座標から体験者の身長を想定してVR空間で再現していますし、3Dモデルの体格自体を変えることも技術的に可能だそう。実質すべてのゴルファーに対応できるということですね。
スウィングプレーンやフェースの開閉を可視化しながら練習できる
一通りカリキュラムを触ったあとにレンジでボールを打つモードも体験してみたのですが、これもスゴい。なんと、自分の身長に合わせたスウィングプレーンがあらかじめ表示されているんです。
スウィングプレーンについて説明しておくと、かつてベン・ホーガンが提唱した概念で、スウィング中にクラブヘッドが描く理想の軌道を可視化した仮想の平面のこと。今日のスウィングレッスンでもよく耳にしますね。
つまり、クラブヘッドをどの方向へ上げてどうダウンスウィングで下ろしてくるのか、正解を見ながらスウィングできるんです。これは現実では再現できない、VRらしい機能ですよね。
しかも、スウィング中のヘッドの軌道もすべて認識していて、ボールを打ったあとに弾道とともに可視化されます。どの方向にバックスウィングを取っていて、切り返しからダウンスウィングでどうクラブが下りてくるか、それらがスウィングプレーンとどの程度ズレているのか。インパクト時のフェースの向きなども全部わかるんです。
実際私も体験当初はインパクトでフェースが戻せないがゆえのスライスが多く出ていましたが、CanGolfのレンジモードでボールを打っていくうちに「どのくらい手首を返せばインパクトでスクェアにフェースが戻せるか」ということが自分のスウィングの感覚と視覚の両方から理解できるので、最終的にはストレートに近い弾道が打てるようになっていました。
初心者向けと銘打ってはいますが、スウィングの可視化ってある程度ゴルフに慣れた中・上級者にもにも十二分にありがたい機能ですよね。もちろんインドアの練習場で弾道計測器などを使っていれば分かることではありますが、スウィングの軌道も含めて3Dで直感的に理解できるのは大きいです。
「VR=現実の練習の代わり」ではない
ただ、VRゴルフにももちろん問題点があります。まず打感がないこと。仮想のドライバーで仮想のボールを打っているわけですから当たり前と言えば当たり前。
しかしゴルフにおいてインパクト時に手に伝わる感触は重要な情報です。たとえば、フェースのどの部分に当たったかなどの判断は打感で何となくわかったりしますよね。
打感が再現できない以上、もし今後番手のバリエーションが増えたとしても、砂を削って打つバンカーショットなどはVRで体験することは困難だそう。
加えて、センサー性能の限界もあります。メーカーの担当者さんによれば目安は飛距離で240ヤード。それ以上飛ばせるゴルファーがしっかり振るとスウィングを追いきれずVR空間にうまく反映されない可能性もあるそうです。そういった制限もあっての初心者向けというわけですね。
そのほかにもシャフトのしなり具合やヘッドの性能は物理演算を行ううえで考慮されていないなど、現実のゴルフとは異なる点はだいぶあります。開発元であるイマクリエイト株式会社も諸々の問題点は承知していて、「現実でのショット練習やレッスンの代わりになるものではなく、あくまでもVRで楽しみながらゴルフの基礎に触れて興味を持ってもらいつつ、実際のレッスンや練習につながれば」という考えだそう。
とはいえ現実のゴルフより簡略化されてはいるけれどスウィングの基礎はグリップからしっかり学ぶことができますし、現時点の仕様でもスウィングプレーンを確認しつつ素振りしてヘッドの軌道を素振り後に確認できるという機能を用いて十分効果的な練習ができそうですよね。
まだゴルフスクールなど一部の場所で導入されているのみで「VRゴーグルを持っていれば誰でも購入して楽しめる」という状態ではないですが、近い将来自宅でのスウィング練習はVRによってさらに進化する、そんな予感がありました。