世界のトップ選手のなかには、フィル・ミケルソンのようにロブショットを得意とするもの、ジェイソン・デイのようにシンプルなアプローチを得意とするものと様々だが、松山の場合は「多彩」なのが特徴だと中村は言う。
「松山選手のアプローチは、高さやスピン量を自在に操りながらライとピン位置に対して最適な打ち方を選択していくスタイル。そんな松山選手のアプローチの引き出しの中から、今回はスピンアプローチに注目してみました。見ていただきたい写真は今年のアーノルドパーマー招待練習日で撮影されたもので、マスターズでいえば、3日目の2番ホールの3打目のショットに近い1打ですが、まず注目してもらいたいのは、思い切り開いたフェースと、かなり左足よりのボール位置です(画像A左)」(中村)
中村がいう3日目の2番ホールのアプローチは、残り50ヤードの奥ピンに対し、キャリーで攻めてスピンで止めた1打。それを実現するために、たしかにフェースが空を向くほど開いている。だが、アドレスから意図しているのがロブショットではないことがわかると中村は続ける。
「スタンスが広くなく、重心も低く落としていませんから、ロブショットは意図していないことが見て取れます。テークバックでは左腕が地面と平行の位置までのコンパクトなトップですが、手先で上げるのではなくお腹周りの体幹がしっかりとねじられていること、左腕が伸びクラブを振る半径が小さくならないように体と手元の距離をキープしています(画像A右)」
そして、切り返し以降は「左足を踏み込みながらお腹周りの筋肉をしっかりと使い、浅い入射角でインパクトを迎えています(画像B右)」と中村は解説を続ける。たしかに、ポロシャツの右胸のロゴ、左ひざなどに注目してみると、小さい動きのなかでしっかりと下半身を動かし、それにより上半身も回転させていることがわかる。
「インパクト直後の画像C左を見てください。ターフの取れた形跡がないことから、極めて浅い入射角でソールのバウンスを上手に滑らせていることがわかります。それゆえ、ボールをフェースに乗せることができ、結果的に十分なバックスピンを与えられたボールは、ヘッドよりも一瞬遅れて低く打ち出されています。そのまま体を回転させヘッドだけが走らない体の回転と同調したフォローへと抜けていきます(画像C右)。
最後に、アドレスとインパクトを比較してみると、松山英樹のスピンアプローチの技術のキモがみえてくるという。
「インパクトでのシャフトの傾きはアドレス時とほとんど変わっていませんが、フェースに目を向けると、ターゲットよりも右を向いていたリーディングエッジがスクェアに戻っています。また、左手の甲の向きに注目すると、インパクトではアドレス時よりもターゲットに向いていることがわかります。これらから、開いたフェースをロフトを立てずにスクェアに戻しながら、浅い入射角でボールを包むようにとらえていることがわかります。この繊細なアプローチを再現性高く、1ヤード刻みくらいの精度で操れるところが超一流たるゆえんではないでしょうか」
開いたフェースをロフトを変えずに閉じながら打つ。これによりボールには強烈なスピンがかかり、同時に方向性も安定する。ピンポイントで狙うためには非常に有効なテクニックだが、本当にすごいのは、ほんの1ヤード、2ヤードのズレが結果に大きな影響を与えるオーガスタの舞台でそのテクニックを駆使できる点だろう。
ピンチをしのぎ、ときにピンチをチャンスに変える松山英樹のアプローチ。マスターズ王者のテクニックは、やっぱりすごい。