去年の「試合がない期間」が結果につながった
コロナ禍のなか、異例の長丁場となった国内女子ツアー2020-2021シーズン。長いシーズンが幕を閉じ、賞金女王に輝いたのは稲見萌寧だ。
昨年6月末から先週末までの全52試合中45試合に出場し、9勝もの大戦果を挙げた稲見。トップ10フィニッシュはじつに25回にも及び、ツアーの試合のみならず8月には女子ゴルフ日本代表として東京オリンピックにも出場。ゴルフ日本勢初のメダル獲得、それも銀メダルという快挙を成し遂げた。
そんな充実のシーズンを送った稲見だが、彼女を指導するプロコーチ・奥嶋誠昭は「去年の段階では賞金女王になれるとは、まったく思っていませんでした。年間で1勝できれば、というのが目標でした」と話す。
振り返ってみれば、昨季にあたる2019シーズンの「センチュリー21レディス」優勝が稲見のツアー初勝利。2020年でも1勝のみだったが、2021年に突入した途端に8勝も積み上げたわけだ。
この大躍進の要因を、奥嶋は「2020年の試合がなかった時期のおかげもある」という。
「僕の場合、まずはレッスンの内容が理屈的に正しいかを理詰めして、自分でやってみて上手くいくか確かめます。そこからアマチュアの生徒さんにも試してもらって、ちゃんと伝えられるか、結果が上手くいくか、フィードバックをいただいて、そしてそのあとにプロの指導に落とし込む。という順番で取り組んでいます。このサイクルを1年通してやりながら考えていくんですけど、去年は試合が少なかった影響で、すごく短いスパンでこのサイクルを回せたんです」
試合がない期間が続いた影響で奥嶋のインプットするサイクルも早まり、それが稲見への指導にも生かせたというわけだ。「稲見選手にとっても僕にとっても、自分でいろいろ考える時間ができて。あの時間がなかったら今の結果にはたどり着いていないと思います。レッスンの仕方もきっと違いましたね」と奥嶋は語る。
「といっても去年はずっと(レッスンが)なかなか上手くハマらなかったんです。自分が上手く伝えられていないこともありますし、ちゃんと意図が伝わっても本人がそれをできるかどうかはわからないですから。今年に入ってからも、ちょっとできるようになったかなと思うと、またすぐ元の状態に戻ってしまう、みたいなことが続いて。それでも試行錯誤しながら、ショットに関してはずっと一つのことをしつこくやり続けて。結果として、調子をものすごく落としてしまう期間の波が一昨年や去年と比べると少なかったのは大きいですね。取り組みは間違っていなかったし、技術の底上げはしっかりできた実感があります」
谷原秀人のアドバイスでパッティングも改善
また、昨季からの課題のひとつであったパッティングについても、スタッツを参照してみると2019シーズンの平均パット数(パーオンホール)が「1.8312」で43位、平均パット数(1ラウンド当たり)は「30.8387」で94位だった。
対して、2020-2021シーズンは前者が「1.7666」で2位、後者が「29.5129」で19位と改善が見られた。稲見と言えばテーラーメイドの「トラス」パターに替えたことでも話題となったが、パット改善のきっかけは「谷原秀人プロのアドバイスがとても大きかったです」という。
「じつは去年谷原さんとラウンドした際に、一度パットに関してご指摘いただいていたんです。でもそのときは稲見選手のパットの調子がそんなに悪くなかったので、本人とも話してタイミング的に『今はできないな』と結局手を加えなかったんですね。それを、2020年末のオフに改めて取り組んで、それが上手くハマってくれました」
コーチとして、キャディとして得た“気づき”
もちろん稲見だけでなく奥嶋にとっても今シーズンは大きな学びの年になった。東京オリンピックをはじめ、折につけコーチ兼キャディとしても稲見を支えた奥嶋は「本当にキャディの大事さが身に沁みました」という。
「以前、指導しているプロたちに『自分、キャディ、コーチ、トレーナー、この4人で(試合でのパフォーマンスが)10だとしたらそれぞれどんな割合?』と聞いたことがあるんです。すると稲見や木下、高橋にも聞いたんですけど、みんな『キャディは1』って答えだったんです。でも実際にやってみて、まったく1じゃないっていうのが改めてわかりましたね」
実際に最終戦のリコーカップでもキャディとして稲見を支えた奥嶋。攻め方や打ち方に関してもアドバイスをしながらの帯同だったという。
「(判断がハマったときは)シビれましたね。最終ホールに“ザ・宮崎カントリークラブ”みたいなアプローチが残って、これはパーを拾わなきゃいけないな、という場面。ラフなんだけど下の地面が固くて『コレ、(フェースは)開いたほうがいいの?』と聞かれて。『少しだけ開いて、速く振ったら飛んで行っちゃうからゆっくり振ろう。ミスでもいい、ちょっとでも動いてくれれば転がっていくからそれに懸けよう』と。それが成功してパーが取れました。(シーズン)終盤になればなるほど、キャディのひと言の力が大事ですね。本人も言っていましたが、やはり普段の試合と最終戦とでは違うから、そういうときのキャディさんの力は本当にデカい。だから『信頼できるキャディさんじゃないと最後は任せられない』って稲見選手も言っていましたね」
そしてもうひとつの気づきが「レッスンしたからって上手くなるわけじゃない」ということだ。
「(本人も)レッスンを受ければ上手くなっていると思っているんですけど、それは違うんですよね。特にそこそこ調子がいいときはやらないほうがいいというのはすごく思いました」
実際にシーズンの途中から奥嶋は「毎週ツアー会場に行くっていうのをやめて、ちょっと様子を見て本当に必要そうだなと思ったら行くようにしました」という。
「やっぱり僕がいると(調子が悪くても)よく見せようとしてしまうし、いまよりもっとよくしようとして逆に崩れてしまうこともあります。そういった失敗は結構あったので、助言を求められても(選手の)言いなりになり過ぎちゃダメだなっていうのはすごく感じました」
同じようなことが「キャディで帯同するときにも言えます」と奥嶋。
「何か(試合中に)アドバイスを求められたら答えます。でも僕が答えを出してしまうと、自分で修正していく能力が培われなくなってしまいますよね。変にコーチがキャディのときに結果を出してしまうと『コーチがいれば大丈夫』となって、自分で考えなくなる危険性は感じました。先ほどの『自分、キャディ、コーチ、トレーナー』の割合の話ですが、詳しく稲見選手の答えを言いますと『自分0、コーチ7、トレーナー2、キャディ1』だったんですね。まあそれは絶対嘘でしょと思いますが、『自分6』と言えるくらいになって欲しいと思います」
最後に、来シーズンの目標についてズバリ聞いてみると、「それは『今年よりいい成績を』ですよね」と奥嶋。
「これは萌寧に限らず指導するプロ全員に言えることです。一番にならなきゃ意味がないと思うし、選手もそういう気持ちでやってくれなきゃ一番になれないと思います」
今シーズン9勝と大躍進を遂げた稲見が、オフを経てどのような進化を遂げて帰ってくるのか。まだまだ気は早いが、来年も引き続き稲見、そして奥嶋の活躍に注目していきたい。