「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレイヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈に向かい続け、現在はレッスンも行う大庭可南太に、上達のために知っておくべき「原則に沿った考え方」や練習法を教えてもらおう。

みなさんこんにちは。「ザ・ゴルフィングマシーン」研究者およびインストラクターの大庭可南太です。これまでの記事では、「ザ・ゴルフィングマシーン」で提唱されている、「手の教育」という考え方についての紹介をしてきました。

過去の記事でも紹介したとおり、ゴルフスウィングは大小ふたつの振り子による、「ツーレバーシステム(二重振り子)」によってパワーを生み出しています。つまるところ「手の教育」の目的は、この「二重振り子」をいかに効率的かつ円滑に機能させる「手(腕)」を作り出すかにあります。今回からの記事では「二重振り子」の本質的な特性について紹介します。

「二重振り子」と「リリース」

まず「二重振り子」がどういうものかをおさらいしておきます。

画像A 両腕と両肩でできた三角形によって動かされる左腕が「大きな振り子」のレバー【1】、グリップの連結部を経て、クラブシャフトからクラブヘッドまでが「小さな振り子」のレバー【2】となる

構造としては、【1】のレバーと、【2】のレバーが中間部分で連結された状態の振り子になります。ゴルファーの体でたとえれば、【1】のレバーは両腕と両肩で作られた三角形の左腕部分、グリップ部分の連結を経て、クラブシャフトからクラブヘッドまでが【2】のレバーということになります。

二重振り子が運動状態になるとき、まず【1】のレバーが動き出して、【2】のレバーが慣性でその場に留まるために「遅れ」が生じます。これを「ラグ」と言います。しかし全体の速度が上がるにつれて、遠心力によって【2】のレバーの先端が加速していくことになります。

画像B 一定の速度に達するまで、【2】のレバーは【1】のレバーに遅れた状態となるが、速度が上がることで遠心力が発生して【2】が【1】を追い越し始めるのが「リリース」である

その結果、【1】のレバーと【2】のレバーでできる角度が拡がっていくことになりますが、この状態を欧米ゴルフ用語では「リリース」と呼んでいます。この「リリース」による加速によって、【2】のレバーの先端を驚異的な速度にできるというのが「二重振り子」という機構です。

ではそれがどのくらいの速度に達するのかを解明するには、本来は「二重振り子」の運動方程式を理解する必要があります。

二重振り子の運動方程式
ml{1+sin2(θ2−θ1)}¨θ1+mgsinθ1−mgcosθ2sin(θ2−θ1)−ml˙θ21sin(θ2−θ1)cos(θ2−θ1)−ml˙θ22sin(θ2−θ1)=0
ml{¨θ1cos(θ2−θ1)+˙θ21sin(θ2−θ1)+¨θ2 }+mgsinθ2=0

この文字列を見て意味がわかる人類が存在することが信じられないのですが、残念ながら少なくともガチ文系の私にはまったく理解できませんので、「ザ・ゴルフィングマシーン」ではどのように書いているのかを見ることにします。

「二重振り子」の特性【1】

「ザ・ゴルフィングマシーン」では、ゴルフに活用できる「二重振り子」の特性として、以下をあげています。

画像C 「二重振り子」の運動特性をゴルフへ応用(簡素化)したもの

状態(1) 【1】のレバーに対して【2】のレバーが遅れている状態のとき、【2】のレバーにはふたつのレバーが「一直線」になろうとする遠心性の加速が発生する。
状態(2) ふたつのレバーが一直線になったとき、【2】のレバーの加速度はゼロになる。
状態(3) 【2】のレバーが【1】のレバーを追い越した状態になると、ふたたび【2】のレバーは【1】のレバーと一直線になろうとする減速(マイナスの加速度)が発生する。

早い話が、「二重振り子」の【2】のレバーには、つねに【1】のレバーと真っ直ぐになろうとするチカラが発生しているということになります。問題はこれがどの程度の加速と減速を生み出しているかを、実際のゴルファーの例で確認してみます。

クラブヘッドは地球上で最も奇妙な運動をしている物体である

みなさんご存知のブライソン・デシャンボー選手ですが、2021シーズンの平均ヘッドスピードは時速132マイル(1位)だそうです。これを私たちにわかりやすいメートル表記にしますと、

132 x 1,6 x 1,000 ÷ 3,600 = 秒速58.666 m/s(時速211km/h)

となってしまうわけです。

画像D B・デシャンボーの場合、ヘッドスピードはトップの速度ゼロからインパクト211km/h、フィニッシュの速度ゼロを0.2秒で行っている

一般的にトップからフィニッシュまでの時間は0.2秒程度と言われていますので、単純に考えて0.1秒くらいで時速200キロを超える速度まで加速され、そのまた0.1秒後くらいのフィニッシュ時点では速度はゼロになっているわけです。

まぁデシャンボーを引き合いに出したのはちょっと間違いだったかもしれませんが、一般的なゴルファーのヘッドスピード40m/s(時速144km/h)だってじゅうぶんに高速です。

「静止状態から、0.1秒で144k/mに加速してその0.1秒後にまた止まる」
こんな奇妙な運動をしている物体は地球上にゴルフクラブのヘッドくらいしか存在しないのではと思うのです。たとえばロケットや弾丸なら急加速はできるとしても、そんなにすぐに止まれないはずです。

つまり二重振り子の加速度と、ピークを過ぎたあとの減速度(マイナスの加速度)がボールスピードに与える影響はとてつもなく大きいと考えられます。具体的には加速中のクラブヘッドでインパクトを迎えるということが、エネルギーの効率としてはとても重要になるということです。

運動エネルギーと加速度、そしてゴルフ

ついでにもう少し物理のお話をします。中学レベルで、運動エネルギーというものを習った記憶があります。こちらの計算式は文系にもやや理解可能な

運動エネルギー=1/2 × m(物体の質量)× v(速度)の二乗

というものになっています。この式が正しければ、ゴルフのインパクトにおけるエネルギーは、クラブヘッドの質量と、ヘッドスピードで決まることになります。結果としてはボール初速が上がることが重要なのですが、しばしば「ヘッドスピードのわりに飛ばない」というお客様がレッスンでもいらっしゃいます。

さらにボール初速をヘッドスピードで割ったものを「ミート率」などと呼んでいるために、こうしたお客様は「ああ、芯でとらえてないんだな」などと考えて、しきりにフェースシールとかを貼って確認をしているという現状があります。

芯でとらえることも重要ではあると思いますが、私個人の意見としては、最近のクラブはかなり芯を外してもどうにかなる構造になっています。とくにドライバーに関して言えば、芯を外しても飛距離が落ちずに曲がらないようにすることにメーカー各社の努力が注がれています。

前述の運動エネルギーの話に戻れば、クラブヘッドが急加速中のヘッドスピード40m/sでのインパクトと、クラブヘッドが急減速中のヘッドスピード40m/sでのインパクトでは、確かに運動エネルギーは同じになります。

しかし、じつはこの計算は、衝突時のエネルギーが、たわみ、つぶれ、熱などに転換されるエネルギーロスが発生しない、「完全弾性衝突」の場合に限って同じになります。つまり自然界では、あるいはゴルフのインパクトではそう簡単な結論にはならないのです。

インパクトの瞬間、シャフトはしなり、フェースはたわみ、ボールは潰れ、そしてそれらの状態が復元してボールは飛んでいきます。その間の時間は、わずかに0.0002秒と言われています。またその間にクラブヘッドのスピードは衝突したボールの質量によって減速します。

そのインパクトの最中に、クラブヘッドが加速中であれば、ヘッドの減速を最小限に抑えることができます。逆にヘッドが減速中であれば、ボール質量によってさらにヘッドは減速してしまい、いずれもボール初速に大きな影響を与えます。

つまり、同じクラブ、同じヘッドスピード、同じように芯でインパクトをしたとしても、スウィングの質でボール初速が異なるということはいくらでも起きうるということです。

ここから、一般に「よくない」と言われていることがなぜ「よくない」のかも理解できます。

画像E アーリーリリース(キャスティング)とフリップ。どちらも「二重振り子」の利点を消す動きである

「アーリーリリース」と呼ばれる現象では、早期に【2】のレバーと【1】のレバーが真っ直ぐになるために、「二重振り子」の加速を使えない(一本のレバーを振っているのと同じ)状態になります。

また「フリップ」という、インパクトで左手首が甲側に曲がる現象では、すでに「二重振り子の」の最高速度を過ぎた時点でインパクトをするので、エネルギーのロスが大きくなってしまうのです。

逆に言えば、スウィングの原則的なエラーをなくしていくことで、筋力はそのままでも、ヘッドスピードも上がらなくても、飛距離は伸ばせるということになります。もちろんクラブやボールを、ご自身のスウィングに最適なものにすることも重要ですが、まずはスウィングにおける原則的な問題をつぶしていくことで、もっとゴルフが楽しくなるのではないでしょうか。

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