「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレイヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈に向かい続け、現在はレッスンも行う大庭可南太に、上達のために知っておくべき「原則に沿った考え方」や練習法を教えてもらおう。

みなさんこんにちは。「ザ・ゴルフィングマシーン」研究者およびインストラクターの大庭可南太です。さて前回の記事では、渋野日向子選手のスウィングを例に、スウィングプレーンの「シフト」という概念について紹介をしました。

今回はその後編として、なぜ渋野選手が現在のスウィングを「選択」したのかについて、考察をおこなっていきたいと思います。

前回のおさらい

さて、前回の記事のおさらいになりますが、オーソドックスなスウィングでは、やや高いプレーンのトップから、ダウンスウィングでシャローなプレーンに移行してインパクトを迎えます。

つまりスウィング中のどこかで、プレーンが「シフト」しているわけですが、最近の渋野選手は意図的にこの「シフト」を減らすようにスウィングを変更してきたと考えられます。

「ザ・ゴルフィングマシーン」では、このプレーンアングルの「シフト」は、スウィングの複雑性を増す要素になり得るので、「シフトをしないで済むのならしないほうがいい」という立場を取っていることを前回の記事で紹介しました。

キーとなる渋野の「猿腕」

私個人として、渋野選手がこの手法に向いていると考えるのは、渋野選手には「猿腕」という身体的特徴があり、極度に両ひじの間隔を絞った状態でバックスウィングすることが可能だからです。

画像: 渋野日向子の「両ひじの間をなるべく絞る」はベン・ホーガンをも陵駕するレベルである。(写真/Blue Sky Photos、ベン・ホーガン「モダン・ゴルフ」ベースボールマガジン社より抜粋)

渋野日向子の「両ひじの間をなるべく絞る」はベン・ホーガンをも陵駕するレベルである。(写真/Blue Sky Photos、ベン・ホーガン「モダン・ゴルフ」ベースボールマガジン社より抜粋)

両ひじの間を絞ることによって、「腕は一つのユニットとしてより効率よく機能するし、そうなればスウィングのあらゆる構成要素を合体させる可能制は高まる(ベン・ホーガン「モダン・ゴルフ」ベースボールマガジン社より抜粋)」ことになります。

この「両ひじの間隔を絞る」ための練習器具はもう山ほどありますが、この事実は「両ひじを絞った状態でバックスウィングをすることが有効であるいっぽう、常人には結構つらい」ことのあらわれでもあります。ひじの間にボールを挟んでバックスウィングするだけでも実際にやってみると相当つらいはずです。

しかし渋野選手は二本の腕がまるで一本になっているかのように、両ひじを絞った状態でバックスウィングすることができます。これは筋力もさることながら、ひじの関節の可動域や肩幅(広すぎると難しくなる)など、先天的な要素も必要です。しかしこれによって、「スウィング軸から伸びる一本のアーム」のような、シンプルなスウィング構造を得られます。これは「ザ・ゴルフィングマシーン」のスウィング構造と似ています。

画像: 両腕を一本化することで、スウィング軸の周りを一本のアームが動くようなスウィングイメージとなる。(写真/Blue Sky Photos、画像は「ザ・ゴルフィングマシーン」より抜粋)

両腕を一本化することで、スウィング軸の周りを一本のアームが動くようなスウィングイメージとなる。(写真/Blue Sky Photos、画像は「ザ・ゴルフィングマシーン」より抜粋)

「ゼロシフト」のスウィング

そしてこれを突き詰めると、アドレスで作った体幹と両腕の関係性を一切変えることなく、つまりなるべく両腕を伸ばしたまま、体幹の捻転だけでバックスウィングをすることになります。こうなると渋野選手のシャローなアドレスから考えれば、必然的に低いトップの方が自然ということになるのです。究極の「手で上げない」バックスウィングと言えるでしょう。

画像: 右ひじをいっさい曲げずに(人体の構造上不可能だが)体幹軸を中心とした回転だけでバックスウィングをおこなえば、理論上はもっと低いトップでも構わないとも考えられる

右ひじをいっさい曲げずに(人体の構造上不可能だが)体幹軸を中心とした回転だけでバックスウィングをおこなえば、理論上はもっと低いトップでも構わないとも考えられる

前回の記事で渋野選手の2019年のスウィングとの比較を行いましたが、アドレスとインパクトの形だけで言えばそれほど大きな違いはありません。つまりインパクトの形や出球のイメージにそんなに変化があるわけではないと思います。従って理想とするインパクトが、つねに正確に再現できるように、トップの「コンポーネント(部品)」を変更したのだと思います。

その結果、手や腕がスウィングプレーンを変化させる割合が減ったことで、「ゼロシフト」に近いスウィングになっているというのが私の考察です。

スウィングは「選択」の結晶である

ひとことで言えば、「どのような状況でも同じスウィングができるようにトップの形を変えた」ということになってしまうのですが、本質は渋野選手がそうしたゴルフの「スタイル」を選択しようとしているということではないかと思います。

状況によって毎回打ち方やボールの種類を替えたいという「スタイル」も存在します。例えばタイガー・ウッズがその典型です。彼は持ちうるすべての技術的な引き出しを、イマジネーション豊かに使いまくってコースを攻略していくことで「よいゴルフ」ができる「スタイル」なのだと思います。

逆にブライソン・デシャンボーなどは、病的なまでに「同じスウィング」を志向していると言えます。両腕を伸ばした状態でアドレスをすれば、スウィング半径は狂わないので、後は同じプレーン上でスウィングすれば必ず同じインパクトになるという発想です。

画像: ブライソン・デシャンボーの元祖「ゼロシフト」志向のスウィング。もちろんメリット、デメリットがある(撮影/Blue Sky Photos)

ブライソン・デシャンボーの元祖「ゼロシフト」志向のスウィング。もちろんメリット、デメリットがある(撮影/Blue Sky Photos)

ただこの方法では、クラブの長さが変わればプレーンアングルの傾きが変わってしまうので、その複雑性を避けるためにアイアンの長さを全部同じにするといった工夫や、ハンドアップの状態でも力が入るようにグリップを極太にするなど、いろんな「選択」をしているわけです。それが本当にシンプルなのかは議論の余地があると思いますが、重要なのは本人が「これなら戦える」と思うかどうかです。

今回の渋野選手のトップの変更にしても、当初はダウンスウィングへの切り返しの感覚が相当異なったものになったはずですし、彼女くらい注目度の高い選手であれば、(当記事も含め)外野もいろんな反応を示すので、なおさら勇気が必要だったはずです。

しかし国内外でプレーをする中で、そうした新たな「選択」がフィールドを戦っていくうえで必要だと感じたからこそ、それに踏み切ったのではないかと思います。自分の「スタイル」を確立しつつ、どんな場面でも思い切りよく振り抜いていく渋野選手の活躍を、これからも期待したいと思います。

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