強さの秘密1 ギャラリーの声援を力に変えられる
「勝つことを目標とした試合でしっかり勝ち切れたことは本当に嬉しく思っています」
蟬川は優勝インタビューでまずそう言い切った。
「しっかりよい位置で回り切らないと、世界アマランク1位というのを見ている方たちに評価してもらえないので、そういった緊張感を持ちながらやっていた。自覚ができたぶんよい形で臨めました」
常にギャラリーの目を意識し、力にできるタイプだ。
「ギャラリーの方の声援は本当にパワーがある。歓声が上がるほうが、すごくテンションが上がる。楽しい職業だなと思います」
蟬川は、泰果という名がついたときからゴルフに囲まれて育った。
「お父さんがゴルフが大好きで、朝起きたらマスターズや試合のテレビ中継が流れていた。タイガーが大歓声を受けてすごくいいプレーをしているのを見てきて、物心ついたときからああいう舞台で勝ちたい気持ちが芽生えました」
今回の日本オープンでも「観客が見ていて面白いプレーをしたい」と何度口にしたことか。
「自分ができる範囲で“魅せる”プレーというのは前からずっと考えています。一打でもアマチュアの方が打てないようなショットやアプローチを打ちたいんです。自分自身も楽しいですしね」
強さの秘密2 「勝ちに行くゴルフ」ができるようになった
大舞台でも緊張はまったくなかった。パナソニックで勝ったことで余裕ができた。しかし、9月にフランスで行われた世界アマで6打差を逆転されて負けた悔しさがあったから、6打差首位でスタートした最終日も気は抜けなかった。
実は最終日は苦しいラウンドだったという。しかし、攻める気持ちは忘れなかった。9番でトリプルボギーを打ったのも「勝ちたい気持ちよりもいいプレーをしたいという気持ちがあった」から。
すっぽり入ったラフから、果敢に寄せようとした結果なのだ。だから、その後も落ち着いてプレーできた。
最終ホールもバーディを取ることしか考えてなかった。フェアウェイど真ん中からのセカンドショット。安全に右手前に乗せてパーで優勝という形ではなく、ピンを狙ったほうが、たとえミスしてもギャラリーは評価してくれると思った。結果はグリーン左のバンカーへ。そこから寄せきれずカラーからのパーパット。ボギーでも勝てる場面で、それをねじ込んだ。
そもそも蟬川は、昨年の日本オープンまで、ツアーでの予選過は16年のマイナビABCのみ。
「今年の一番の目標はQTトップ通過でした。パナソニックで優勝し、QTを受けずに済んだことで安心でき、仕事場が決まったのが大きかった。予選通過したいゴルフと、今のように勝ちにいくゴルフとではまったく違います」
強さの秘密3 「成功体験と苦い体験」を強さに変えられる
昨年から成長した部分は何か。
「一番は考え方。18ホールに向き合う姿勢。もともと気持ちでプレーするタイプですけど、誰にも負けたくないという気持ちが芽生えてきて。プロに負けない気持ちの強さがこの1年でつきました」
実は昨年の冬頃から、自分はプロでは通用しないかもしれない、就職したほうがいいのかと悩んでいた。円形脱毛にもなったという。
「目立つような成績がなくて、中島啓太や金谷(拓実)さんと比較するとなかなか注目してもらえない辛さや、なかなか勝てなかったので悔しい部分があった。這いあがって、ド根性精神、雑草魂でここまで来たのかなと思います」
自信は人を成長させる。パナソニックオープンに勝ち、持ち味の“果敢に攻める”ゴルフを追求できるようになった。
「優勝したときのユーチューブをたまに見て『すげえな』と思いながら、でも成功体験ばかり見てると足元をすくわれるので、ずっと残っている苦い経験も合わせて持っていたい」「持ち球はフェードだけど、ドロー系も全然打てるので、あまり困ることはない。ライがいい状態だったら、どんな球でも打てるかなという自信がある」
「マネジメントより、そこに打てているという事実のほうが勝ってる。前は狙っても打てなかった」
言葉の端々にも自信が迸ほとばしる。(後編へ続く)
週刊ゴルフダイジェスト11月15日号「蝉川泰果の強さに迫る」より