プレーオフ1ホール目、決めれば優勝のバーディパットは下りの8メートルだった。正規の18番では奥のカラーから10メートルをパターで打っていた山下は「ほぼ同じラインについたので結構切れるなと思って打ちました。簡単なラインではないので寄せようと思ったのが入った感じです」。イメージ通りのフックラインを沈めると、ガッツポーズと同時に涙があふれた。自身初のプレーオフでこれまでにない緊張を味わっただけに、喜びもひとしおだったのだろう。
平均ストローク69.97は2019年のシン・ジエ(69.94)以来、日本人選手では初の60台を達成。獲得賞金2億3502万967円は2015年のイ・ボミを抜いてツアー史上最高額となった。また、この最終戦で稲見萌寧を逆転し、パーオン率もツアーナンバー1。西郷真央と並んで今季5勝は最多となったほか、平均パット数(パーオンホール)4位、フェアウエーキープ率5位など、ドライビングディスタンス(47位)を除くほとんどの部門で上位に名を連ねた。順調に滑り出したシーズンではなかったが、終わってみれば、データ的にも山下が他の選手を圧倒した1年だった。
興味深いのは昨年のメルセデスランキング1位・古江彩佳に続いて、山下も父親がコーチだという点。幼いころに父親の手ほどきを受けたという選手は今でも数多くいるが、ほとんどがジュニアのうちにコーチについている。プロでトップレベルになるまで父親がコーチというのは少数派だろう。それでいて2人はオーソドックスなスウィングをするショットメーカー。ジュニアのころからプロに習ってきた選手の中にも個性的なスウィングの持ち主がいるなかで、クセのないスウィングを身につけている。
ここで思い出すのはジュニアを指導するコーチたちからよく聞く「子供たちに細かいことは言わない」という言葉。教え子が全員、プロになるわけでもなければ、プロを目指しているわけでもない。ジュニア指導の現場では時代にもマッチした伸び伸びと個性を伸ばすスタイルが主流になっている。口うるさく言って、ゴルフが嫌いになられては困るという考えもコーチたちの頭の片隅にはあるかもしれない。ここからは完全な仮説だが、父親にはそうした遠慮はないだろう。親子だからこそ、スウィングの問題点を一つひとつ指摘し、修正してきた結果がオーソドックスなスウィングになったのではないだろうか。
もちろん、親子鷹のほうがいいというつもりはない。プロコーチ目線では直す必要がない個性というのもあるだろう。次はどんな経験を積んで、どんなスウィングを作り上げた選手がツアーを制するのか、そんな妄想を膨らませながら来季の開幕を待ちたいと思う。