世界ランク上位がこぞって出場したPGAツアーの昇格イベント、アーノルド・パーマー招待で30歳の苦労人カート・キタヤマがツアー初優勝を飾った。メジャーチャンピオンや歴代優勝者がひしめくリーダーボード。残り3ホール5人が首位に並ぶ混戦を抜け出した伏兵は“シュン”のミドルネームを持つ日系人ゴルファーだった。

世界ランク2位で大会連覇を狙ったスコッティ・シェフラー、同3位の歴代チャンピオン、ローリー・マキロイ、メジャー3勝のジョーダン・スピースらそうそうたる顔ぶれが首位に並ぶなか、最終日最終組をプレーしたキタヤマは9番でOBを叩きトリプルボギーを打ってリードを失った。

こう着状態が続くなか、トップタイで迎えた16番パー5。上がり3ホールで唯一バーディが期待できるホールだが、そこでキタヤマはバーディを奪えずトロフィーが一瞬遠のいたかに思われた。

しかし17番217ヤードの難しいパー3でティショットをピンそば4メートルに打って値千金のバーディ。頭ひとつ抜け出すと最終ホールではティショットを左のラフに打ち込みながら2打目でグリーンをとらえ、およそ15メートルのファーストパットをボールがカップを覗くところまで寄せ、タップインパーで念願の勝利をもぎ取った。

史上おそらくもっとも短い5センチのウィニングパットを沈めたキタヤマは「9番のトリで突然逆境に立たされリードを失いました。でもバック9で耐えて盛り返せた自分を誇りに思います」と喜びを爆発させ「PGAツアーで勝つのが夢でした。ようやくそれを達成できた信じられない気持ちです」。

レジェンド、アーノルド・パーマーが他界してからこの大会の優勝者には真っ赤なカーディガンが贈呈されるようになった。勝者のカーディガンに袖を通し、パーマーの勇姿が象られたトロフィーを掲げたキタヤマは生涯最高の優勝賞金360万ドル(4億7千万円)を獲得した。

画像: 「アーノルド・パーマー招待」を制した日系人ゴルファー、カート・キタヤマ(写真/Getty Images)

「アーノルド・パーマー招待」を制した日系人ゴルファー、カート・キタヤマ(写真/Getty Images)

思えば長い道のりだった。日系人の父シフォードさんと岡山出身の母ルミコさんのもとキタヤマはカリフォルニアのチコで生まれた。兄の影響でゴルフを始めたが、高校時代は身長170センチと小柄ながらバスケットボールの名手として鳴らしたという。

大学はアダム・スコットと同じネバダ大学ラスベガス校。卒業後15年にプロ転向し下部ツアー(現コーンフェリーツアー)に参戦したが泣かず飛ばず。世界ランクは4桁(1000位以下)まで落ち込み戦う場を失うと18年アジアンツアーに活路を求め翌19年には欧州ツアー(現DPワールドツアー)のQスクールに挑戦しツアーカードを獲得した。しかしその後もジャーニーは続き戦う場を求めサンシャインツアー(南ア)や日本ツアーの門を叩いた経験も。

欧州で2勝を挙げ、21年のコーンフェリーツアーでランク23位に入り、昨年ようやくPGAツアーに昇格。するとここ1年で2位に3回入り勝利の扉を叩き続けてきた。

CJカップで2位に入ったとき優勝しているマキロイは今週1打及ばず2位タイに終わり「カークのことはヨーロッパでプレーしていた頃から知っている。ずっといいゴルフをしてきたから、いつか勝つと思っていた。頑張っていた選手が勝つのはうれしい」とキタヤマの勝利を喜んだ。

この1勝でマスターズや全英オープンへの出場権も獲得。PGAツアー50試合目。長かった旅路の末に30歳の苦労人が実力を開花させた。

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