そのレッスン専用打席にいたのが渋野日向子と、数名の教え子だった。偶然、居合わせた渋野日向子は“時折笑顔を見せる”というニュアンスではなく、“親友とカラオケではしゃぎ倒す”くらい楽しそうに笑いながら練習をしていた。

練習を終えたところで撮影した1枚。青木翔コーチと渋野日向子
「楽しくないんですよね。1人でやってても」。昨年末、2年ぶりに青木翔コーチに“出戻り”した渋野日向子は、それまで自身がほぼ1人で取り組んでいた期間の練習をそんなふうに表現した。
青木翔コーチのもとに来て笑うのは渋野日向子だけではない。プロを目指すジュニア選手、1人で試行錯誤しながら悩みを抱えてきたプロ、純粋に「もっと上手になりたい」と親に車で送迎してもらい訪れる小学生もいる。

3月のドライブオン選手権では16アンダー、7位タイ。2日目に米女子ツアー自己ベストタイの“64”を出すなど、復調の兆しを見せる
境遇や年齢は違えど、皆笑顔でボールを打つ。しかしやっている練習内容は“ぬるい”ものではない。
単純なアプローチを5ヤード刻みで何百球も打ち続ける。重さの異なる棒を使い、時には100を超える素振りをする。端的に言えばそれはオーソドックスなものばかりで、“昭和の風味”がかなり強く漂うレッスンだ。

練習場2階の端打席が拠点
「大会で優勝できたり、プロテストに合格する特別な練習方法を知っているわけじゃない。確かにコーチをした子が大きな大会で勝ったり、シードを獲ったり、プロテストに合格はしました。でも、それは選手自身が勝ち取ったもので、僕が魔法をかけた結果ではないですから」と青木翔コーチ。
これまでのここ数年の、青木翔コーチへの取材で、核心部分を濁されたり「これは書かないで」と制されるような“秘伝のたれ”は無かった。ただひとつ、特別だなと感じるのが冒頭の「笑顔」だ。

笑顔は渋野日向子だけじゃない。青木翔コーチのもとで練習する選手は、キツイ練習をしながらもみんな笑顔
「ツラくてつまらないことって継続できないんですよ。そこに夢やお金がかかっていても、やり切れる人はほとんどいない。だから僕は好きとか楽しいっていう感情をとても大事にしてるんです」
単純なアプローチ練習は「目標に当てるまで帰れない」というルールを持たせ、素振りの回数はルーレットで決めるなどゲーム性を取り入れている。それに加えて絶妙な間合いで青木翔コーチが煽り、イジり、ツッコミを入れて選手を乗せていく。

渋野日向子と青木翔コーチ。スマホで撮影して動きを確認し合う
「昭和生まれの昭和育ちなので、『歯を見せちゃいかん!』みたいな価値観で自分は育ったし、そのやり方も知っています。でも長続きしないし、誰にでも当てはまるものじゃないということが分かっているのでやりません」
「僕も選手時代、日が暮れてもひたすらバンカーショットだけ続けるみたいな練習とかやりましたけど、ただただツラかっただけでしたから(笑)」
超短期間でスウィング改造をするという、高難度の挑戦をしている渋野日向子。練習の後、再び青木翔コーチに師事することになった理由を聞くことができた。
「戻ったのは、楽しさを取り戻すっていうか。青木さんってこんな感じだから、根詰めて難しい顔してやらないっていうのが一番の理由かもしれません」
すかさず「こんな感じって、なんじゃい!」と青木翔コーチからツッコミが入った。

スウィングの動きを確認し合いながら大笑い
「技術を高めるためにやるべきことは分かっているけど、本当に大変なことはどんなに自分を奮い立たせても限界がある。その意味でどんなレベルの選手でも、成長するために楽しさは欠かせない条件だと思っています」と青木翔コーチ。
渋野が今、得ようとしているのは、勝つためのスウィングだけではない。ゴルフを楽しいと思える気持ちも取り戻しつつあるように見えた。
(PHOTO/Tadashi Anezaki、Getty Images)