クレンツさんの1日は人々がまだ眠りに就いている夜明け前にスタートする。暗闇のなか、人気(ひとけ)のないノースクGCでまず9ホールをプレー。空に赤みがさし始める午前6時。支配人のマイク・ウッドワードさんがコースに到着。その頃にはクレンツさんは9ホールを回り終えている。要した時間は45分。1ホールをわずか5分でプレーしたことになる。
「彼(クレンツさん)は私が出勤する前に毎日ここにいます。暗闇のなかでショットを打ち、球が見つからないと歩いてティーイングエリアまで戻って打ち直すのです」(マイク・ウッドワード)。打ち直さないために「ボールから目の離さないよう低い球を打っている」とクレンツさん。
もちろんゴルフだけをしているわけではない。地元の食料品店で働きながら母校の高校で男子と女子のゴルフ部の指導をおこない、別の高校でバスケットボール部のコーチも務めている。
そんな忙しい日常のなかで彼はマラソンランナーがロードワークをするように「そこに山があるから登る」登山家のようにノークスGCでホールを消化し続けている。
自家用車のバンの荷台に積んだクラブは手押しカートに固定されており、それを下ろし修行僧のようにコースに立つ。アイアンは15年前の代物で高校生のときに購入したものを使い続けている。ヘッドカバーは磨耗しドライバーの塗装が剥がれている。ラインナップのなかでカートはもっとも新しく6カ月前に購入したのだが9ホールを500回プレーしたためすでに故障している。
基本的に泥がついてもボールは拭かない。「その時間をラウンドに当てたい」からだ。雪が降る日には動線の雪を払い、雪が積もればかんじきを履いて黙々とプレーする。求道的なクレンツさんの姿をコース脇に家があるロンバルドさんはこう表現する。
「見れば見るほどどれだけ彼が熱心にプレーしているかがわかります。そしてある日気づいたのです。彼はこの行為から何かを得ているのだと。それが何かはわかりませんが彼にとっては日々ホールをこなすことが生きるために必要なのです。その姿に感動を覚え尊敬しています」
証人がいないためギネスブックには載っていない。しかし昨年の10月「2021年に987ラウンド、17766オールをプレーした驚くべき功績を讃ええる銘板」をギネス委員会から授与された。そして22年は前年を上回る1001ラウンド、18018ホールを走破。本人は「覚えやすい数字だったし最後のホールをバーディで終えることができた」という。
しかしこれは通過点。目標は「ノルクスGCで9ホールを1日に17ラウンドして150ホールを超えることです」。これまでの記録が16ラウンド、144ホール。それを超えたいというのだ。
これだけプレーしても新たな発見はある。「日々のラウンドはこれまでやったことのないことをする機会」。ホールをこなすことに身を費やしまるで世界から切り離された人間のように思えるが彼は「その逆だと思います。ゴルフを通じて様々な出会いや人間関係を築くことができたと感じています」。一人でプレーする機会は多いが時にはスリーサム、フォーサムでのプレーも楽しむ。
自由時間をすべてゴルフに費やす人生ではなかったら、彼はどうなっていたのだろう? それを記者が尋ねると彼は「もっと優れたバスケットボールのコーチになっていたでしょう」と冗談めかして笑った。1年で1001ラウンドは想像の域を超える。しかし彼にとっては必要な時間のようだ。