「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太が、日本と欧米のスウィングに対する概念の違いについて解説する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。おかげさまをもちまして、この連載もなんと第100回目を迎えることとなりました。こんなマニアックな内容のコラムが今日まで続けて来られたのも、「ナニ言ってんのこいつ?」と思いつつクリックしてくださる読者様のおかげです。厚く御礼申し上げます。

そこで今回はこれまでの内容を振り返りつつ、日本と欧米のゴルフスウィングに対する概念の違いについて考えて見たいと思います。

日本は「カラダの使い方」、欧米は「クラブの動かし方」

これまでの連載のなかで、そのときどきのトッププレーヤーの連続写真を数多く取り上げてきましたが、そこからわかることは、「トッププレーヤーであってもそのスウィングは人それぞれで結構違う」ということでした。しかしそれらプレーヤーに共通していることは「みんなそれなりに飛んでいて、そんなに曲がらない」ということです。成績を出しているプレーヤーを取り上げているので当たり前です。

画像: 画像A 構えやトップの位置などは、トップ選手を比較してもかなりの違いがあることがわかる(写真左はブライソン・デシャンボー、写真/姉崎正 右ジョン・ラーム 写真KJR)

画像A 構えやトップの位置などは、トップ選手を比較してもかなりの違いがあることがわかる(写真左はブライソン・デシャンボー、写真/姉崎正 右ジョン・ラーム 写真KJR)

欧米の概念では結局のところ、クラブヘッドが速く、目標方向に動いていればボールは遠く、目標方向に飛ぶと考えます。そのためにどうのようにクラブを操れば良いのかは、人それぞれいろんな方法があって構わないというわけです。

一方、日本ではどうも「カラダの使い方」がスウィングを左右すると考えるようです。「カラダをしっかり回して」、「カラダとクラブの動きを同調させて」などという抽象的な概念が支配的で、果ては「手打ち」という謎のワードによって「カラダを上手く使わないとゴルフはできない」という強迫観念を植え付けています。

いったい「カラダ」ってどこなのか?骨盤なのか胸郭なのか、単に体幹を表しているのか? あるいはどこの部位の筋力だけを使用すれば「手打ち」になるのかは具体的に明らかにされることはめったになく、「同調」とか曖昧なワードでスウィングを説明しようとするわけです。

最近のコラムでも取り上げたように、ヘッドスピードを最大化するには、骨盤、胸郭、腕、クラブの順番(シーケンス)で角速度のピークタイミングが「ズレる」ことが重要なのですが、これを「同調」という言葉で表現しようとしているとすれば説明不足もはなはだしいと思います。

クラブを最大限に速く動かすには

一方欧米的な概念では、クラブヘッドが速くなればいいわけで、それをより突き詰めれば最も重要になるのはダウンスウィングということになります。デシャンボーのように突っ立って構えようが、ラームのようにシャローなトップにしようが、ダウンスウィングでしっかりとクラブヘッドを加速できるならば「やりやすい方法でオッケー」なのです。

ただし、「ダウンスウィングでクラブヘッドを最大限に自由に動かす」ためには、クラブ、あるいはそれをグリップで持っている両手が下りてくるスペースが確保されていることが必要です。

画像: 画像B ダウンスウィングの「手の通り道」を確保することだけは、欧米ではさまざまな理論、書物で重要視されている(写真左ブライアン・デシャンボー 写真/姉崎正 右ジョン・ラーム 写真/KJR)

画像B ダウンスウィングの「手の通り道」を確保することだけは、欧米ではさまざまな理論、書物で重要視されている(写真左ブライアン・デシャンボー 写真/姉崎正 右ジョン・ラーム 写真/KJR)

具体的には、右腰がボールに近寄らず(左腰が背中側に持ち出され)、ショルダーターンがスティープな角度で行われれば、両手とクラブが下りてくるスペースが充分に確保されるはずです。それができていない状態がフラットショルダーターンやアーリーエクステンション、ついでスコーピングやチキンウイングにつながるわけです。

画像: 画像C いわゆるありがちなエラー。こうしたことが起きるのは技術面だけではなく、フィジカルの問題である可能性もある。(Titleist Performance Instituteより抜粋)

画像C いわゆるありがちなエラー。こうしたことが起きるのは技術面だけではなく、フィジカルの問題である可能性もある。(Titleist Performance Instituteより抜粋)

ところが「カラダを回せ」と言われれば、どうしても上記のようなエラー行動になりやすくなりますので、当たらないし飛ばないし曲がるし、あげくなんか腰が痛いみたいな話になります。それでもジュニアや学生のときから毎日何千球も練習すれば多少の故障をしつつもクラブを振れるようにはなるでしょう。しかし後学でゴルフを始めた場合は「回して打つ」はほぼ不可能です。

連載開始当初はもう少しオブラートに包んだ言い方をしていましたが、それから二年近く経ち、またレッスンの現場を経て実感することは、「カラダを回して打つ」はレッスン用語としては百害あって一理なしです。

みんな一生懸命「手打ち」にならないように「カラダ」の動かし方を意識してエラー動作を量産しているうえに、「なぜ」そうすることが合理的なのかということも教えてもらえないのであれば、レッスンとして終わっていると言わざるを得ません。

かつては日本もサッカー後進国だった

私がこのように感じるのは、ゴルフに取り組む前に社会人サッカーの現場を経験したからかもしれません。今でこそ日本はワールドカップ出場が当たり前で、強豪国とも互角の戦いをしていますが、Jリーグ発足前はアジア予選で惨敗が当たり前でした。

そこから主にドイツのシステムを輸入して、選手や指導者の育成に取り組みました。指導者やレフェリーにいたるまで細かいランク分けがなされ、選手の親御さんにいたるまで資格を取るように促して、そうして裾野が拡がったことで現在の選手層の厚みにつながっています。ゴルフより遥かにシステマチックで合理的で理論的な世界です。

ゴルフでこれと近いことが起きているのがタイでしょう。ビール会社のナショナルスポンサーのもと、欧米から最新の技術や指導者を招聘して、さらにはタイのコーチが積極的に海外で勉強するなどして選手と指導者の育成に厚みを持たせています。

さて日本はと言えば、ゴルフ場の数ではアメリカ、イギリス、カナダに次いで世界第四位のようですが、選手や指導者の育成と言うことで言えば残念ながらあまりビジョンを感じません。もちろん選手が積極的に海外に出ようとしているのは素晴らしいことですが、指導者の育成という点では具体的な方向性を見いだせていないのではないかと思います。

そういう意味では、JGAがガレス・ジョーンズ氏を招聘したのは大英断だったと思います。以後ジュニアのナショナルチームの成績も向上していますし、アマチュア世界ランキング上位の選手を輩出することもできています。

画像: 画像D JGAのヘッドコーチを2015年より務めているガレス・ジョーンズ(左)。畑岡奈沙、金谷拓実、中島啓太らを輩出している(写真/姉崎正)

画像D JGAのヘッドコーチを2015年より務めているガレス・ジョーンズ(左)。畑岡奈沙、金谷拓実、中島啓太らを輩出している(写真/姉崎正)

できればもう一歩進んで、ジョーンズ氏のような指導者を日本で育成するところまでやって欲しいものです。及ばずながら私もはせ参じます。

日本にも希望はある!

とはいえ日本にも希望はあります。これはどのスポーツの分野でも同じことですが、良いパフォーマンスをするには、その競技に適したカラダづくりをすることが必要で、技術面の向上とトレーニングやフィットネスはもはやセットになっています。

これらの分野は、スポーツ界だけではなく、高齢者医療やリハビリテーションなどと密接なつながりがあります。日本は高齢化が進んでいるぶん、この分野にはかなりのリソースが投入されています。ゴルフの本なんて全然翻訳されませんが、この医療に近い分野は海外も含めて最新の論文や機械などもどんどん入ってきていますし、国内での開発力も先進国レベルにあります。

つまりカラダづくりについては、日本は大丈夫だろうということです。あとは指導者のレベルをどう上げていけるかで日本のゴルフ界の未来は大きく変化すると思っています。

どうか将来も、世界の舞台で活躍する日本人ゴルファーを多く見られるようにしたいものです。

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