「ゴルフ科学者」ことブライソン・デシャンボーの「教科書」であり、50年以上も前に米国で発表された書物でありながら、現在でも多くのPGAプレーヤー、また指導者に絶大な影響を与え続ける「ザ・ゴルフィングマシーン」。その解釈者でインストラクターでもある大庭可南太が、欧米のゴルフの学問的発展の歴史について紹介する。

みなさんこんにちは。ザ・ゴルフィングマシーン研究家で、ゴルフインストラクターの大庭可南太です。さて私事ではありますが、このたび11月3〜5日の日程で行われる、TPI(タイトリスト・パフォーマンス・インスティテュート)のゴルフレベル3の講習を受講するために、ちょっとアメリカに行ってきます。

講習がどのようなものかは、公開できる範囲でまた後日記事にしたいと思いますが、今回の記事では欧米における学問としてのゴルフがどのように発展して今日に至っているのかを大まかに紹介したいと思います。

上手い人が何をしているのか

大昔で言えば、ゴルフの本というものは、有名なプロがどうやってゴルフをしているのかが、すべててでした。ハリー・バードンやトミー・アーマー、そしてボビー・ジョーンズといった有名プレーヤーのハウツー本は数多く出版されて来ました。

その中でももっとも成功したと言えるのがやはりベン・ホーガンの「モダン・ゴルフ」でしょう。当時の印刷技術では、写真を掲載するとどうしても黒く潰れてしまうため、写実的なイラストをふんだんに用いてホーガンのゴルフ観を紹介したこの本は、いまだに再版されている「傑作」といってよいでしょう。

画像: 画像A 「モダン・ゴルフ」で使用されている有名なイラスト群。写真ではなくあえてイラストを使用したことも成功の要因だった。(写真:「モダン・ゴルフ」ベースボール・マガジン社より抜粋)

画像A 「モダン・ゴルフ」で使用されている有名なイラスト群。写真ではなくあえてイラストを使用したことも成功の要因だった。(写真:「モダン・ゴルフ」ベースボール・マガジン社より抜粋)

一方でこうした書籍は、その当人が「うまくいく」と考えている方法を紹介したものであって、万人に当てはまるわけではありません。例えばホーガンが紹介している方法の多くは「フックが強くならないように」するための方法であって、スライスが出やすいアマチュアに向いているものではないという指摘もあります。

科学としてのゴルフ

ではゴルフにおいて本質的に達成していなければならないことは何なのかという、科学的原理にもとづいた主張を最初に行ったのは誰かといえば、私はアーネスト・ジョーンズではないかと考えています。

画像: 画像B 左脚一本でスウィングするアーネスト・ジョーンズ。「身体の使い方よりもクラブの使い方が大事」と言われれば説得力がある。(写真はウィキペディアより)

画像B 左脚一本でスウィングするアーネスト・ジョーンズ。「身体の使い方よりもクラブの使い方が大事」と言われれば説得力がある。(写真はウィキペディアより)

この人はイングランドのプロゴルファーでしたが、不幸にも第一次大戦従軍中に右足のヒザから下を切断する負傷を負って、以後の人生をアメリカでインストラクターとして過ごしました。とはいえプレーは健在で、松葉杖をついてボールのところまで行き、左脚一本で立ってスウィングして、トーナメントコースをアンダーパーでラウンドする達人でした。

指導者としても初代マスターズ勝者のホートン・スミスをはじめ、男女で14人ものメジャーチャンピオンを育てただけではなく、ハービー・ペニック、ボブ・トスキ、ジム・フリックといった次世代の指導者も育てました。

その主張は非常にシンプルで、「クラブは、クラブヘッドに遠心力をかけることによってスウィングされなければならない」というもので、それができていれば体の動作は、その人に合った方法で最適化されるとしていました。つまりスウィングは人それぞれ異なるものだという考え方です。

科学としてのゴルフ

1960年代後半になると、時代は米ソの冷戦下で、軍事技術の開発競争に伴ってゴルフにも科学的探求がなされるようになりました。

ゴルフは24個の「部品」で構成されており、その「部品」それぞれにいくつものバリエーションがあるとした、ザ・ゴルフィングマシーンの著者であるホーマー・ケリーはボーイングのエンジニアでした。

また同時期に出版された「Search for the Perfect Swing」は、大英ゴルフ協会のプロジェクトとして、R&Aやダンロップなどの協力のもと、当時の最先端の装置や技術を使って詳細にゴルフの科学的分析を行った書物ですが、そのチームのトップは弾道計算、つまりミサイル技術研究の専門家でした。

画像: 画像C 「Search for the Perfect Swing」(左)は1968年、「ザ・ゴルフィングマシーン」(右)は1969年に発行された

画像C 「Search for the Perfect Swing」(左)は1968年、「ザ・ゴルフィングマシーン」(右)は1969年に発行された

残念なことに、この時代の基礎研究の内容はあまり日本では注目されず、翻訳もされてきませんでした。しかしこうした研究が今日のクラブ、ボールといった道具や弾道測定器等の開発、また人体にとって効率の良いスウィングの分析などにつながっています。

さて日本では?

日本ではどうも、ジャック・ニクラスやタイガー・ウッズといった有名なプレーヤーの名前を冠した書籍は翻訳されるいっぽう、スウィング理論や指導者の書籍についてはあまり注目されないという傾向があります。

アーニー・エルスやニック・プライスといったトッププレーヤーを育てたデビット・レッドベターの「ザ・アスレチックスウィング」はプレーヤー、指導者にとっても大きな反響を呼びました。

そしてザ・ゴルフィングマシーンをもとにして作られた「スタック・アンド・チルト」というスウィング理論は日本語にも翻訳されていますが、これはタイガー・ウッズがその手法を取り入れたことが大きいでしょう。

そして現代へ

このようにして、現代我々が接しているゴルフに関する様々な道具や理論は、過去の仮説や実験をもとに発展してきましたが、この十数年で大きく変わったことは、情報解析能力の向上によって、「統計」という指標が加わったことではないでしょうか。

例えば最もボールが効率的に飛距離を稼げるのは、どのような打ち出し角度で、どのくらいのバックスピン量なのか、コンピューターで仮説を立てた上で、実際に打ってみる、あるいはプロで飛距離が出るプレーヤーが実際にそれに近いことをしているのかといったデータ(トラックマン)をいくらでも蓄積することができます。

プロがピンまで180ヤードの地点からどのくらいグリーンオンするのか(ショットリンク)、あるいはそれらのデータから選手個々の強みがどこにあるのか(ストロークゲインド)も分析できます。

捻転が大事だというのであれば、ツアープロの骨盤と胸郭と肩がトップでどの程度捻られているのか、あるいはその平均は何度なのかといったことも突き止められ(3Dモーションキャプチャーのギアーズ)、そのための体の各部位に必要な柔軟性がどのくらいかも分かってきます。

画像: 画像D そもそも肩甲骨の可動域が狭く(左)の状態を作れないのであれば、(中)の姿勢も作れないので、ダスティン・ジョンソンのようなトップ(右)を目指しても上体が起き上がってしまう、ということも統計上判明している(写真左、中はTitleist Performance Instituteより抜粋、右はダスティン・ジョンソン Blue Sky Photos)

画像D そもそも肩甲骨の可動域が狭く(左)の状態を作れないのであれば、(中)の姿勢も作れないので、ダスティン・ジョンソンのようなトップ(右)を目指しても上体が起き上がってしまう、ということも統計上判明している(写真左、中はTitleist Performance Instituteより抜粋、右はダスティン・ジョンソン Blue Sky Photos)

これが道具になると、例えばタイトリストは、ツアープロの半数以上が使用しているボール(プロV1、プロV1X)、またやはり多くのプレーヤー使用しているウェッジ(ボーケイウェッジ)と、パター(スコッティキャメロン)を製品ラインナップに持っています。そうなるとそれを使用しているPGA選手の様々なデータを蓄積することができます。

それらのデータをもとに、良いゴルファーを作ろうとすると、良いスウィングはもちろんのこと、良いフィジカル(筋力と柔軟性)、食事、実践経験、生活リズム、メンタルトレーニングなど、専門的な学問分野が果てしなく拡がっていきます。海外でゴルフをするというのは、そうやって育ってきたモンスター達と戦うということです。

そんなことを研究しているのがTPIですが、各分野のレベル2まではオンライン(日本語字幕あり)で学習、資格取得できます。ただレベル3は現地(英語のみ)に行かないと取得できないということで、ちょっと行ってきます!

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