ツアー勝利数113勝という空前絶後の記録を達成した“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司。現在は、本日開幕のダイキンオーキッドレディスに出場する原英莉花、佐久間朱莉、小林夢果を始めとする多くの女子プロたちの師も務めているが、現役時代は1997年に世界ランキング5位、2010年には世界ゴルフ殿堂入りも果たした。そんな目覚ましい記録を有するジャンボ尾崎は、これまでにいくつかの名言を残している。その名言を7ヵ条とし、今回は彼の強さの根幹であった「ボディスウィング」を紹介する。

「太く長く生きるためには、ボディスウィングだ」「器用な右手を殺して、不器用にボディスウィングを追い続ける。それが太く長く生きる道だ」

1983年8月8日深夜、習志野の尾崎邸。週刊ゴルフダイジェスト誌での対談。インタビュアーは、今は亡きスポーツライターの山際淳司氏。振り返れば、その年はスランプ期(1979~85年)に入って真っただ中、メタルドライバーの使用を開始して、復調を探っている年でもあった。それでもマスコミに言い訳をしたり、その全貌をさらすことのなかった尾崎を説き伏せての対談だった。尾崎はいまや常識となっている「ボディスウィング」をその時にすでに語っていた。

画像: 1980年の尾崎のスウィング。このとき既に「ボディスウィング」を実践していた。

1980年の尾崎のスウィング。このとき既に「ボディスウィング」を実践していた。

尾崎は元々手先が器用だ。特に右手の器用さはアプローチ、バンカーショットに現れている。バンカーショットでボールをカットして止める技術は、「俺の右手は日本一」と豪語したように右手の器用さで難なくモノにしている。その手先を使ってスウィングを作っていけば、簡単だっただろう。しかし、そうはしなかった。バンカーショットでさえ、後には右手主導のカット打ちを封じ、体を使ったスクエアスウィングに変更した。ボディスウィングがなぜ必要なのか? その理由を尾崎は日本のコースの分析から始めた。

「日本の試合のコースというのは、“コントロール”して攻めればなんとかなると思う。だから日本のプロは個性派が多い。例えばショートゲームが上手かったり、球を曲げないフェード系のボールを打つ選手が多いといったことだね。安全というか、一番怪我が少ないわけだ。これが“コントロール”されているといわれるのだが、僕はそれが真実(ほんとう)のコントロールだとは思わなかったし、今でも思っていないんだよ」

小手先だけのスウィングでは世界で通用しないと悟らせたのは、やはり米国での体験によるところなのだろう。

「メジャーなどやる米国のコースにいくと理解できるのだが、非常にコースの距離も長いし、ラフも深いし、バンカーも深くてタフなわけ。すべてのクラブを使いこなしていく必要がある。(ジャック)ニクラスや(トム)ワトソンのスウィングを見ると、ボディスウィングでクラブをスクエアに振っている。小手先でなくて、体のコントロールでスウィングしている。あくまで体の回転が主役で、腕はそれについていくわけ。そうしないと、自分の要求した球が打てない。手先でコントロールした球でなく、体でコントロールした球。その点、日本人はどうしても上半身でコントロールしてしまう。小手先だけで球筋をいじっても決して、遠くへ飛ぶ球を打てないんだよ」
その時代、日本国内でボディスウィングしているプロはあまりいなかった。米国ではそれが当たり前だったのだが…。

ボディスウィングというのは、今でいう体幹を使って体を回転させるというスウィングだ。同時期に米ツアーに参戦していた石川遼と松山英樹(現在は米ツアー9勝)の体幹の強さの違いを、クルマの排気量にたとえて「遼が1600ccなら松山は4000ccだな」と尾崎は評したが、あの松山のスウィングこそまさにボディスウィングの見本だろう。

「ボディスウィングをちゃんとできる人間は、いつでも確率の高いゴルフを追求できると思う。このスウィングは日本のコースには合わないと批判を受けたりすることもあるんだけどね。体に染み込ませて覚えこんでしまう。だから変調をきたしている時はショットもおかしくなる。いつも体を万全にしておかなくてはならない。スウィング、コンディショニング、トレーニング、この3つの“ING”がボディスウィングを成立させる要諦なんですよ」
ボディスウィングこそが、尾崎の太く長いプロ人生を歩んだ武器となったのだ。

TEXT/Masanori Furukawa
PHOTO/Blue Sky Photos

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