昨年4月オーガスタの杜に大観衆を集めたマスターズでジャック・ニクラスと対面する機会に恵まれた。ゲーリー・プレーヤー、トム・ワトソンとともに名誉スターターとして始球式を行った日のことだ。

マスターズ恒例の始球式でスウィングを披露するジャック・ニクラス(写真は2024年のマスターズ 撮影/Blue Sky Photos)
握手をせがむとこちらの目をじっと見つめ右手を握り締めてくれた。力強い握手。がっしりとした大きな掌。まるで何十年も畑仕事に従事してきた人のようなごつごつとした手だった。
この手でゴルフ界最強の伝説を紡いできたのかと思うと涙が出そうになった。背中からバーバラ夫人を両腕で抱き寄せた仲睦まじい姿にも感動した。
ニクラスが初めてマスターズで優勝を飾ったのは1963年。23歳だった彼は前年の全米オープンに続きメジャー2勝目を挙げた。

1963年、マスターズで初勝利しグリーンジャケットに袖を通す二クラス
マスターズ初勝利の2カ月前、彼は米ゴルフダイジェスト誌の『チャンピオンの流儀』と題された特集で自分のスウィングについて語っている。
「バックスウィングのはじまる瞬間はとても難しいものです。私の場合はワッグルと実際のスウィングの最初の動きを連動させています」
「ワッグルの最中は体重が前後に動いているのを感じます。ごくわずかですが前後に回転しているといった方がいいかもしれません。それによって下半身が緊張することなく全体が滑らかで連続した動きになるのです」
静から動へ。ニクラスでさえ難しいと感じる瞬間をワッグルとの連動で解消しスムーズなスウィングを実現し球を遠くに飛ばす。それが彼の流儀だった。
72年にはマスターズと全米オープンで連勝し年間グランドスラムが期待されたが全英オープンでリー・トレビノに1打差で敗れた。しかし「そのころの彼はメジャーに絶対勝たなければならないという気持ちで臨まないと決めていました」とバーバラ夫人は語る。
71年のマスターズで2位タイに終わったときニクラスは激しく落ち込み「次の試合は出ない」と妻に駄々をこねたという。しかし夫人は「いいプレーをしたのに勝てなかっただけ。次の試合を棄権したら泣き虫みたいですよ」と諭したのだとか。そして次戦に出場しニクラスは優勝した。
「あの出来事でメジャーに対する姿勢が変わりました。負けたけれど人生を失ったわけではない、と考えるようになったのです」(バーバラ夫人)
以降ニクラスは結果を求めるのではなく試合に向けた準備に重点を置くようになった。
メジャー18勝も素晴らしいが優勝を含めたメジャーのトップ10入りが72回というのも凄い。デビュー当時のタイガー・ウッズがその戦績を見て驚き「ジャックに追いつくのは本当に遠い道のりだ」といったのを思い出す。