
ツアー初優勝を果たした出利葉太一郎(大会提供写真)
ACNチャレンジツアー最終戦の練習日。当時、年間ポイント争いの渦中にいた出利葉太一郎から、「もし優勝できたら、注目選手として横並びではなく、単独で記事にしてくださいね」というリクエストがあった。その言葉から数日後、彼は見事優勝を飾り、その約束を果たす時が来た。飛距離にポテンシャルを秘めた出利葉が、プロの厳しい現実に直面し、「退路を断った」挑戦を経て、いかにメンタルを覚醒させたのかを追う。
「3位タイがラッキー」と語った若き才能の葛藤
出利葉は、今季のレギュラー開幕戦「東建ホームメイトカップ」で3位タイに入るなど、華々しく始まった。しかし、彼は常に厳しい自己評価を下している。
東建での3位タイという結果について、彼は「3日間競技だったので、ある意味、ラッキーのサインだったのかなというのは感じます」と、率直な本音を語る。
「正直、そこから3位以上になったことがないので、あそこは3日間で終わってくれて、ひょっとしたらよかったな、という気持ちがあります。もし4日目があったときに、順位を落としてしまうと、今の自分の現状の実力としてはネガティブな考えのほうが強くなる気がする」
この言葉の裏には、「アマチュア時代からすぐに上に行く選手だと思われていた」という周囲の過度な期待と、それに応えられない現実への葛藤があった。ナショナルチーム入りという達成感からQTを失敗し、「こんなに推薦をもらってシードが取れなかったら、本当にセンスないんじゃないかなと思うぐらい、葛藤がありました」と、厳しい胸の内を明かしている。
葛藤と覚醒:薬丸キャディの「喝」でプロの現実に直面
その葛藤の中、出利葉に転機をもたらしたのが、薬丸龍一キャディ(星野陸也のキャディ)との出会いだ。
薬丸キャディは、練習中におしゃべりする出利葉に対し、「何目指しているの? シードを取るんだよね? それで取れると思ってんの?」と厳しい現実を突きつけた。
今までの「君なら勝てるよ!」という甘い言葉とは違う「現実」を突きつけられた出利葉は、「今までの『君なら勝てるよ!』と言われたのが、全然違う。現実だと言われたことに対して、今の自分とのギャップがありすぎて、『自分ってどこにいるの? 何ができるの? 何の能力があるの?』と考えさせられました」。
しかし、この「喝」が出利葉を成長させた。取材に同行した今大会で実況を担当した萩原菜乃花も「前回の取材時からメンタルが見違えるように強くなった」と話す。真面目さゆえのネガティブ思考から、「必死にやってる、いい循環なのでこれを続けていけば結果は出る」というポジティブな思考へと転換した。
師弟の絆と「失敗を糧にする」アメリカ挑戦
出利葉の成長を支えるもう一つの柱が、コーチの高橋竜彦プロとの絆だ。
高橋プロはシニアツアーで好成績を出した際、「自分も教えている弟子(出利葉)がアメリカのQTで頑張っているから、たまにはいいところ、自分の結果を出さないと説得力がない」というコメントを残していた。この師の言葉に対し、出利葉は「自分のために頑張ってくださっているのは強く感じています」と、師弟の絆が相乗効果を生んでいることを強調した。来週のレギュラーツアー「フォーティネット」ではコーチのバッジをつけて高橋プロが来場予定だ。
腹痛と車中泊で知った「アメリカンドリーム」
退路を断って覚悟を持って臨んだアメリカQシリーズ(予選会)での経験は、出利葉のメンタルを決定的に変えた。
● 退路を断つ覚悟:日本のサードQTはアメリカのQTと重なっているためエントリーしておらず、「もしシードも裏シードも獲得できなければ来年の居場所がない」という、退路を断った挑戦だった。
● 異文化での孤独:現地では完全一人。エントリー費だけで85万円、その他も多額の費用がかかる。トランジットで6時間待ちといった経験を乗り越え、Qシリーズの選手が「車に泊まっている選手もいるんだって知って、日本って恵まれているなと感じました」。
● まさかの腹痛:さらに、本戦中に一度、食事で「ご飯で当たっちゃって」(腹痛に見舞われ)、「もうそのご飯屋さんにはいかなかったでしょ?」という問いに、「いや、でもワクチンって思えば、一回当たったんだからもう大丈夫って(笑)」と、笑い話に変えるほどのマインドセットの変化を見せた。ディボットに入っても「よっしゃどうやって打とう!」と楽しんでやれる「なんでもかかってこいや!のメンタル」を獲得した。
「アメリカに行けたのは本当に大きなステップです。(中略)こういう環境があるのはすごいことだと、なおさら感じられました」。失敗すらも成長の糧とするポジティブな思考を身につけた出利葉は、「ポテンシャルはあると言われますが、自信がないんです」としながらも、「今やっていることを続ければ、必ず優勝に近づいてくる」と確信。
最終戦優勝とコーンフェリーへの道
覚醒した出利葉のメンタルは、「いまはなんでもかかってこいや! のメンタル」に変わった。「ディボットに入っていても、よっしゃどうやって打とう! 失敗しても、もう一回やらせてくれ! と楽しんでやれている」という。
彼は自身の「勝てない原因」を、完璧を求めすぎるあまり「考えなくていいことまで考えている」点にあると分析していたが、この挑戦を経て「今やっていることを続ければ、必ず優勝に近づいてくる」と確信。
最終戦での優勝を掴んだ今、その先の目標は米ツアーだ。
「PGAツアーへの権利が取れなくても、コーンフェリーツアーの権利が得られれば、そちらに行きます。JGTOのシードが取れも、コーンフェリーツアーに行くつもりです。海外を飛び回って結果を出すのは相当タフですが、そこに行きたいという思いが強いです」
「常日頃どんなことからも吸収できるような真面目さと頭の良さがある!」と評価された出利葉太一郎。師の厳しい愛と、自らの孤独な挑戦で覚醒した若き才能が、最終戦の優勝という約束を果たし、いよいよ世界への道を駆け上がる。
