日本中が騙された「70センチのパーパット」

1988年日本オープン。優勝を決めるパッティングは残りたった70センチ。それでもジャンボは2度仕切り直した
1988年の東京ゴルフ倶楽部での日本オープンは、私が初めて撮ったナショナルオープンでした。優勝を青木、尾崎、中嶋のAONが争うなか、1打リードのジャンボさんが最終18番で70センチのパーパットを残します。その短いウィニングパットを2度も仕切り直して、右手を振って痺れを振り払うような仕草を見せたのですが、それをジョークと感じたギャラリーから笑いが漏れ、撮影キャリアの浅い私も“ジャンボ尾崎一流の演出”かなと思い、ファインダーを覗いていました。でも後に本人が、実はあの時「自分はイップスだった」と証言をしています。つまり本当に痺れていたのです。誰もがパフォーマンスと思って笑った、あのグリーン上での『たった70センチのパーパット』の仕切り直しの写真をいま見ると、本人はそんなつもりは無いのだけれど、見ている誰もが“騙された”瞬間だったわけで、それは当時、最強のジャンボ尾崎だからこそ成し得た瞬間だったのかなと思います。
“漫画”の主人公を演じた大逆転のイーグルパット

95年ダンロップフェニックスでトロフィーを掲げるジャンボ
私の印象のなかでいちばん“強者の勝ち方を見た”試合は1995年のダンロップフェニックスでした。最終日の最終ホールのイーグルパットはあまりにも有名な一打で、これは自分が撮った写真で最も完成度が高い1枚になったと思います。豪州のP・シニアに1打差のビハインドで迎えた18番で、2オンしたジャンボさんは逆転を狙う長いイーグルパットを狙います。このパットの前に私は、「コレが入ったら漫画だよな」と思ってファインダーを覗いて見ていました。そうしたらそのパットがラインに乗って、カップに吸い込まれ18番ホールは歓喜に包まれたのです。その熱狂の渦の中でファインダー越しに、「え、こんな出来過ぎたストーリーってあるんだ」と思ってシャッターを切っていました。振り返れば、この1995年は年初に阪神・淡路大震災があり、日本中が重苦しい空気に包まれた年でもありました。そんな年の瀬に、奇しくも『不死鳥』の名を冠するダンロップフェニックストーナメントで、最終ホールに劇的なイーグルパットを決めて逆転優勝するなんて……。暗い世相を吹き飛ばし、日本中に再生の勇気を与えるような、まさに漫画やドラマのようなストーリーです。これは私自身最も手応えのあった、ジャンボ尾崎の“完璧”を感じた1枚になりました。
“まっちゃん”の素顔を捉えた「夏休み」

ジャンボの夏休み。姉崎カメラマンがジャンボの内面を写したと話す会心の一枚がこちら
「ジャンボの“ジャンボ”な夏休み」というコンセプトのページの写真を、97年の夏に徳島の実家に帰省中のオフショットを撮りに行ったことがありました。
「ご家族に了解を得ているから」と言われ単身で乗り込み、当時まだご健在だったお母さんに挨拶をすると、まさかの「えっ、聞いていませんけど」。どうしたら良いかと恐縮されるお母さんを傍目に、とりあえず挨拶はしないとと思ってジャンボさん本人を見つけ「こんにちは」と挨拶すると、当然ながら、なんだ突然、こんなところにまで来やがってという顔なわけです。
でもそれで帰るわけにもいかないのでしばらく佇んでいたら、皆で草むしりが始まった時に、突然ジャンボさんから「おい、軍手買ってこい」と言われ5000円を渡されたのです。近くの店で一束買って戻り、草むしりを手伝い、「よかった。受け容れてもらったのかな」という気分になりました。多くの人が言うことですが、周囲にそういう気配りができる優しい人でした。翌朝、家に挨拶に行くと皆で朝ご飯を食べている時で、「オォ、朝飯食え」と言われたのですが、着いたらすぐに写真を撮ることになると思って朝はホテルで食べてきたので、「食べてきました」と馬鹿正直に言うと、「なんだオマエ、うちの飯が食えないってのか!」とジャンボさんに一喝され、「あ、いただきます!」と言って、ちょっと腹はキツかったけどいただきました。その時の怒りようは、最初に会った時のムッとした時とは違って歓待の気持ちが込められていたと感じました。
その日は夏祭りで、花火を見たり、座敷でお酒をいただいたり。改めて「ジャンボの“ジャンボ”な夏休み」のテーマに添った、満面の笑みで釣った魚を掲げたこの写真を見ると、強面で知られるジャンボさんでしたが、本当に優しい、いつまでも少年の心を持つ一面が撮れたなと思います。この時の撮影で印象に残ったのは、お母さんがジャンボさんのことを「まっちゃん」と呼んでいたことでした。美しい海と山に囲まれた素晴らしい自然の中で、お母さんの愛情に育まれ、ジャンボ尾崎さんは育ったのだなと感じた次第です。
この他に、2002年の最後の優勝となった全日空オープンや、2013年に初日にエージシュートを出したつるやオープンで、プロ初優勝の松山と表彰式で肩を組み世代交代の象徴となった1枚など、ジャンボ尾崎というプレーヤーが織りなすストーリーを感じさせる写真はまだまだありますが、キリがないので、このくらいにしておきたいと思います。
トーナメント撮影に緊張と驚きと感激を与えて頂いた尾崎将司さん。
ありがとうございました。

