
海外でも訃報が報じられたジャンボ尾崎
AP通信は「力強いスウィング、カリスマ性、シルクのシャツとバギーパンツを着こなすスタイルから日本ゴルフ界のアーノルド・パーマーと称された。11年に世界ゴルフ殿堂入り。ギターを弾き発売したレコード3枚がポップチャートにランクインした」といち早く報じた。
米ゴルフダイジェストは「日本でもっとも偉大なゴルファーがガンで逝去」の見出しで「その飛距離から "ジャンボ"の愛称で親しまれた彼は23歳でプロ野球からゴルフに転身。賞金王に12回輝き、最後の戴冠は51歳。マスターズに19回(最高位8位タイ)、全米オープンに13 回(最高位6位タイ)出場した」。また96年に出場したプレジデンツカップではビジェイ・シンとのペアで米国チーム最強のフレッド・カプルス&デービス・ラブⅢ組を撃破したエピソードもつづられている。
PGAツアーのウェブサイトには「海外でプレーする際には寿司職人を帯同。それは彼と仲間たちが故郷を離れても居心地よく過ごせるようにする配慮だった」と紹介されている。
既存の媒体とは一線を画すウェブメディアFlushing it golfは写真付きで「日本ゴルフ界のレジェンドが S状結腸ガンでこの世を去った。享年78歳、早すぎる死」と配信すると、コメント欄には「尾崎兄弟のプレーを見るのが好きだった」「J’sドライバーを買った。私の生涯ベストクラブだった」と投稿されている。
「ニック・プライスと日本の試合に出て我々が23、24アンダー。ふとリーダーボードを見るとジャンボが31アンダー。ニックと顔を見合わせた。ジャンボは本当に偉大なプレーヤーだった」というグレッグ・ノーマンの談話を載せた人も。
世界がジャンボの死を悼んでいる。
※週刊ゴルフダイジェスト2026年1月27日号「バック9」より

