1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの知識」を綴るコラム。第48回目は、欧州のゴルフ場に見る文化の違いについて。

パリからニースへ。ジャン・ギャバンやアラン・ドロンの足跡を辿るドライブ

画像: モナコ・モンテカルロGCは地中海の絶景が楽しめる歴史あるコースだ

モナコ・モンテカルロGCは地中海の絶景が楽しめる歴史あるコースだ

1975年の春、エールフランス航空の招待でフランスを取材することになった。取材先はパリ郊外と南仏コートダジュールのゴルフ場だった。

映画好きの自分としては、かつて観たフランス映画、なかでもジャン・ギャバンやアラン・ドロンが車でパリやニース、カンヌを走り回った街を自分も走ることができて感動しただけではなく、自分が映画の主人公になったようで気分が高揚したのを覚えている。

パリからニースに移動してビオGCに取材に行った。

コースはフラットの林間コースで造形的に凝ったものではなく仲間や家族と楽しくプレーに興じることができるコースだった。ランチのためハウスのテラスに行くと、老婦人を囲んだ家族が楽しそうに食事をしていた。聞こえてくる言語はドイツ語。『あぁ、第2外国語でドイツ語を選択したっけな』と思い出したが、話している内容は全く分からなかった。どうやら老婦人の誕生会のようだった。

その時に思ったのは、ゴルフ場で誕生会ができるんだということ。日本の場合はプレーが終わったら「道が混むから」と即、帰路に就く。陽光降り注ぐ南仏ニースでの出来事に文化の違いを感じた瞬間だった。

画像: F1モナコグランプリで有名な当時のロウズ・ヘアピン(現フェアモント・ヘアピン)

F1モナコグランプリで有名な当時のロウズ・ヘアピン(現フェアモント・ヘアピン)

ニース、カンヌ周辺の取材の後は隣接するモナコのコースに行った。モナコの町中から山の方向に進むと道は狭く曲がりくねり、モンテカルロラリーの道そのもの。映画だけではなく車も趣味だったから街中を走り回るモナコGPを思い出してここでも気分は高揚したものだ。

モン・アゲルの麓にモンテカルロGCがある。標高は700メートルほどで眼下にモナコの街並みが眺望できた。何番ホールだったか記憶にないが急に霧が立ちこみ辺り一帯が見えなくなってしまった。その時、少し鈍い鈴の音と、何やら声も聞こえてきた。何事だろうとそのまま佇んでいると霧の中から進んできたのは羊と羊飼いの老人と少年だった。

羊飼いを見たのは初めてだし、しかもゴルフ場内を羊飼いが通り抜けていくとは、と驚いたものだ。突如霧の中から現れて、霧の中に消えていった羊飼いの一行は心に深く刻まれたシーンだった。

大方の取材が終わりかけていたところ、エールフランス航空から「モロッコに新しいホテルが開業するのでよかったら行かないか。費用はすべて持つから」と提案を受けた。もちろん「喜んで」だ。

いったんニースからパリに戻り、パリからマルセイユ経由でモロッコのカサブランカに飛んだ。ハンフリー・ボガードの映画「カサブランカ(1942)」のカサブランカだ。今度はアラン・ドロンではなくハンフリー・ボガードになった気分だった。パリ、ニース、カンヌ、モナコにカサブランカとロケ地巡りのようで映画好きにはたまらなく楽しい取材旅行だった。

モロッコの町中は異文化そのもので見るもの全てが千夜一夜の世界で楽しかった。かつてフランス領だったことから多くのフランス車が走り回っていたがロバが牽く荷車が現役で街を走っていたのには驚いた。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中

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