1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材し、現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員として活動する吉川丈雄が、ラウンド中に話題になる「ゴルフの知識」を綴るコラム。第50回目は、1980年代に著者が衝撃を受けたアリゾナ州の砂漠のコース「ロウズ・ベンタナキャニオン・リゾート」での体験について。

まったくオンできなかった砂漠のパー3

画像: ロウズ・ベンタナキャニオン・リゾート(Loews Ventana Canyon Resort)

ロウズ・ベンタナキャニオン・リゾート(Loews Ventana Canyon Resort)

1984年4月下旬、ロサンゼルスで買った米ゴルフダイジェスト誌に、インパクトのあるコース写真が見開きで掲載されていて驚いた。

パー3ホールで、グリーンは小さく赤茶けた山肌にかろうじてへばり付いていた。「こんなホールがあるんだ」と思った瞬間、ここに行きたいという思いが募り、急遽行くことに決めた。コースがあるのはアリゾナ州のツーソン。それだけは判明した。あとは現地に着いたらイエローページで調べれば住所が分かる。

アリゾナ州はカリフォルニアの隣と言っても、それは地図で見たときの話だけで、実際には出発点のビバリーヒルズからフリーウェイに乗って砂漠の真ん中をひたすら走り、パームスプリングスからでも州都フェニックスまで6時間以上もかかる。

ツーソンはそこからさらに南下して、メキシコ国境近くまで2時間ほど走ることになる。「でもこんな凄いコースがあるなんて、早く見てみたい」という好奇心が勝り、ひたすら砂漠の中の一本道を疾走した。

途中で1泊して翌日の午後にツーソンに到着。コースの場所を調べると急いで向かった。コースは「ロウズ・ベンタナキャニオン・リゾート」の付帯施設で、マウンテンとキャニオンの36ホールだった。設計したのは叔父のジョージ・ファジオから独立したトム・ファジオで、独立後最初に手掛けたコースだった。だから力が漲っていたのだ。

お目当てのマウンテンコース3番ホールに向かった。正直、実際に見て驚いた。そして感動した。小さなティーイングエリアから谷越えで、向こう側の岩肌に造られたグリーンを狙うというホールで、距離は105ヤードと短かった。

画像: ベンタナキャニオン_ハウス

ベンタナキャニオン_ハウス

そのときはプレーしなかったが、後日1週間ほど泊まり込んで毎日ラウンドをした。しかし、ついに一度も乗せることができなかった。グリーンが小さく、傾斜も強い。グリーンに乗らなければこぼれてしまい、周囲は瓦礫のためボールは想定外の方向に転がってたちまちOBになってしまう。しかも急斜面だからボールを探すこともできないし、あっても打てる状況ではないのだ。

毎日プレーして一度も乗せられず、数年後にまた4〜5日泊まり込んでプレーしたが、やはり一度も乗せることはできなかった。

当時はピート・ダイに代表されるような、おもちゃ箱をひっくり返したような難コースが流行っていた。日本のように林間でフラット、プレーしやすく大叩きしにくいコースは、ゴルファーを“スポイル(甘やかす)”するという言葉が身に染みたものだ。つまり「コースがゴルファーを育てる」わけだ。

コースの岩肌には巨大なサワロサボテンが無数に生えていて、見た目にも非日常な景観で圧倒された。ティーイングエリア、フェアウェイ、そしてグリーンだけに芝があり、それ以外は赤茶けた瓦礫のままのコースで、ともかくインパクトがあった。

画像: ロードランナー、日本では大道走(オオミチバシリ)と呼ばれている

ロードランナー、日本では大道走(オオミチバシリ)と呼ばれている

コースが「どうだ、挑戦してみろ、勝てるか」と囁いているようでもあった。唯一、慰められたのは、飛べない鳥でアニメ映画でおなじみのロードランナーがコース内を忙しく駆け回っていたのを目撃できたことだ。でも「ビッビー」とは鳴いていなかったが。

文・写真/吉川丈雄(特別編集委員)
1970年代からアジア、欧州、北米などのコースを取材。チョイス誌編集長も務めたコースやゴルフの歴史のスペシャリスト。現在、日本ゴルフコース設計者協会名誉協力会員としても活動中

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