暴れるドライバーと、世界一の粘り

フェアウェイキープ率は21.4%と終始ドライバーショットがまとまらなかった
最終日の松山を支えていたのは、ショットの切れ味ではない。むしろ、ティーショットに関してはかなり荒れていた。スタートからドライバーは安定感を欠き、ボールは左右のバンカー、ラフ、あるいはネイティブエリアへと散った。最終日のフェアウェイキープは14ホール中わずか3ホール。松山らしい「ピンを刺す」ショットを打てるポジションにボールを置くことができない。通常の選手であれば、間違いなく前半で優勝争いから脱落していただろう。
だが、松山は崩れない。バンカーやネイティブエリアから乗せる、あるいはグリーン周りまで運び、絶妙なアプローチでパーを拾う。その粘り強さはさすがとしか言いようがない。「Bゲーム(不調時のプレー)」でもスコアをまとめ、首位を譲らない。これこそ彼が世界トップランカーとして君臨し続ける理由。その姿を目の当たりにして、改めて彼のタフネスさを思い知らされた。

巧みなリカバリーでピンチを切り抜ける
後半に入っても、苦しい展開。その中でも、13番(パー5)、そして15番(パー5)ではティーショットが乱れながらも、リカバリーショットでチャンスメイクし、バーディを奪う。泥臭くスコアを伸ばすその姿は、前を回る選手たちに「松山は落ちてこない」という無言の圧力を与えていたはずだ。
しかし勝負の綾は、終盤の17番ホール(パー4)にあった。ワンオンが可能な348Yの短いパー4。左に池が広がりリスクはあるが、バーディが狙えるこのホールで、松山はパー。ゴルフに「タラレバ」は禁物だが、あえて言うならば、ここでバーディを奪っていれば、あるいはその前の16番で取れていれば、十中八九松山が勝利をその手に収めていたはずだ。ライバルたちに白旗を挙げさせる「あと1打」が遠かった。

16番(写真)、17番とチャンスにつけながらバーディを逃した
背後に迫るスコッティ・シェフラーの足音
松山がスコアメイクに苦しむ間、リーダーボードの下からは猛烈な追い上げがあった。その筆頭がスコッティ・シェフラーだ。

予選落ちの危機から優勝争いを演じてみせたシェフラー
初日は2オーバー「73」。そのスコアにコース内外がざわつく中、2日目「65」、3日目「67」とらしさを取り戻す。そして最終日も爆発的な追い上げを見せ、リーダーボードを駆け上がっていた。米メディアも「過去最大何打差をひっくり返したか」という報道を一様に流し出す。同組ではないため、松山は直接のプレッシャーを受けることはないが、会場のいたるところにある電光掲示板には、ホールが進むごとに「SCHEFFLER」の名前が次第に上に表示されてくる。彼が相手では、セーフティリードは存在しない。松山の頭の中にこの巨大なライバルの存在があったことは想像に難くない。
シェフラー以外にも、ビッグスコアを出す選手が続出する「伸ばし合い」の様相。その中で、逃げる松山にかかる重圧は、見た目以上に重かっただろう。
そして、その混戦を縫うようにして現れたのが、クリス・ゴッタラップだった。12番のボギーで一度は優勝争いから脱落したかに見えたが、そこから驚異のチャージを見せる。13番から17番にかけてバーディを量産。松山が必死に耐えている裏で、ゴッタラップは失うものがない強みを生かし、攻め続けていた。
72ホール目の「明暗」

左の池は越えたものの、その先の手強いバンカーにつかまった
松山1打のリードで迎えた72ホール目。松山のドライバーショットは、左のバンカーへ吸い込まれた。この日一日、なんとかやり繰りしてきたドライバーだったが、最も重要な場面でかなり厳しい場所へ行ってしまった。このバンカーは浮島のような細長いラフでセパレートされており、入れば高確率でアゴが近い状況でのショットを強いられる。果たして2打目はそのアゴに当たってしまう。60Yほどのアプローチも寄らず、ボギー。71ホール目まで積み上げたリードはここで遂に消える。
一方、先にホールアウトしたゴッタラップもまた、ティーショットを大きく右へ曲げた。ボールはグランドスタンド(観客席)方向へ飛ぶが、運に恵まれる。「グランドスタンドのほうに打ってしまったが、踏み固められていてライは悪くなかった。そこからの120Yは完璧で3フィート(約1m)に。あれは運があった」。
土壇場でバーディを奪取。松山の上がりを待って、勝負をプレーオフへと持ち込んだ。
プレーオフで見せた勝者の冷静
そして迎えたプレーオフ1ホール目(18番)。運に恵まれたバーディで息を吹き返したゴッタラップに対し、松山は勝負を決められなかったダメージが残っていたのかもしれない。

ティーショットを池に落とした後の3打目。見事にグリーンをとらえたがゴッタラップの前に屈した
ゴッタラップは、ピンまで残り90Yに迫る豪打をフェアウェイに置き、チャンスメイク。対する松山はティーショットを池に落とし、3オン。先に打ったゴッタラップのバーディパットがカップに沈み、松山の3勝目が消えた。

PGAツアー4勝目。「HIDEKIのバンカーショットが縁(リップ)に当たったのを見て『よし、準備するぞ』と思った」(ゴッタラップ)
日が傾きかけた18番グリーンの脇には、久常涼、金谷拓実、中島啓太、平田憲聖の若手4人が、松山のウイニングパットを待ち構えていた。今大会は松山を含めた日本人選手5人全員が予選通過という快挙を達成。特に久常は、3日目に松山と最終組で回り優勝争いに加わるなど、トップレベルで戦えるポテンシャルを見せつけた。金谷、中島、平田もそれぞれの持ち味を出し、4日間を戦い抜いた。
彼らは「偉大な先輩」の3勝目を確信し、その歓喜の輪に加わる準備をしていた。ロープの外から松山のプレーを見守る彼らの眼差しには、尊敬と、そして自分たちもその場所に立ちたいという野心が混ざっていたはずだ。しかし……彼らは、松山の敗戦という厳しい現実を目の当たりにする。勝利目前での暗転。それは若手たちにとって、「勝つことの難しさ」を強烈に感じさせる出来事となったはずだ。
試合後、松山は「ショックです」と素直な心情を吐露した。だが、すぐに「来週へ向けて切り替える」と前を向いた。ベストな状態ではなくとも優勝争いを演じ、世界の強豪と渡り合った事実。そして、あと一歩で手から滑り落ちた勝利。
“Golf is Hard.”
かつて多くの名手が口にした言葉が頭をよぎる。理不尽で、思い通りにいかない。だからこそ、松山英樹はまたクラブを握り、次のティーグラウンドに向かうのだろう。彼と、彼の背中を追う若き侍たちの戦いは続く。
PHOTO/Yoshihiro Iwamoto
