
ナイスガイで知られるサヒス・ティーガラ(写真は25年ベイカレント C レクサス、撮影/岡沢裕行)
「彼はただ、プレーがしたかっただけ」
PGAツアーにおける黒人選手のパイオニア、チャーリー・シフォードの名を冠したこの推薦枠は、ゴルフの多様性を推進する象徴だ。自身もマイノリティのルーツを持つティーガラにとって、この指名は単なる出場権以上の重みを持つ。

黒人初のPGAゴルファーであるチャーリー・シフォード(1982年撮影)
「チャーリーが若い頃に言っていたことで、心に響く言葉があるんだ。『ただゴルフをプレーしたかった』。それだけだったんだ」
人種の壁に阻まれながらも、純粋な情熱で道を切り開いたシフォード。そのおかげで、今の自分たちが何の影響も受けずにプレーできている 。
「僕のようなマイノリティが、ただゴルフをプレーできる。その道を作ってくれた彼の記憶を、僕たちが守り続けなければならない」
ティーガラの言葉には、先人への深い感謝と、次代へバトンをつなぐ覚悟が滲んでいた。
「すべてが作り物のように見える」山火事の爪痕
ティーガラにとって、ここは生まれ育った故郷だ。だからこそ、昨年この地域を襲った悲劇――大規模な山火事の記憶は、今も生々しく残っている。会見で彼は、衝撃的な事実を明かした。
「僕のキャディ、カールの妹さんが、パリセーズで起きた昨年の火事で家を失ったんだ」
災害の重さを伝える報道陣が去った後も、そこには深い傷跡が残されたままだという。
「サンタモニカに家があるからその場所を通るけれど、まだ『全てが作り物(fake)のように見える』んだ。街が焼き尽くされ、消えてしまったことが信じられない」
家を失い、コミュニティを失った人々がいる。ティーガラは、プロゴルファーとして、スポーツを通じて地域を再建したいと願っている。
「スポーツには人々を集め、コミュニティを取り戻す力がある。僕がここでプレーすることで、少しでもその助けになればいい」
リビエラでの一打一打は、復興への祈りそのものでもあるのだ。
「試験期間中」にミケルソンと回った日
重い話題の一方で、彼はこの大会にまつわる甘酸っぱい「青春の記憶」も披露してくれた。最初に、彼がこの大会に出場したのは2017年。当時は「カレッジ・ショーケース」を勝ち抜いての出場で、ペパーダイン大学の学生としてまさに「試験期間中」だったという 。
「宿題をこなし、テストを受けながらプレーしていたよ(笑)。日曜日は悪天候の影響で36ホールを回ることになったんだけど、同組はフィル・ミケルソンだった」
憧れのレジェンドとの長丁場。体力的には極限だったが、精神的には夢のような時間だったと振り返る。
「あの経験が、自信という意味で僕のキャリアをステップアップさせてくれた」
あれから9年 。宿題に追われていた学生は、スター候補へと成長し、故郷に帰ってきた。シフォードが切り開いた道を歩み、傷ついた故郷に希望の灯をともすために。サヒス・ティーガラは今週、特別な想いを胸にリビエラのティーグラウンドに立つ。
