
世界ランク1位として母国の試合に凱旋出場するジーノ・ティティクル(写真は25年ホンダLPGAタイランド、撮影/姉崎正)
「ミッシェル・ウィや宮里藍が、まだプレーしていた」
「私がゴルフを始める前、8歳か9歳の頃だったと思います。祖父に連れられて、よく観戦に来ていました」
ジーノは少し遠くを見るような目で、10年以上前の記憶を紡ぎ始めた。当時のサイアムCCは、世界のトップスターが集う夢の舞台だった。
「その頃はまだ、ミッシェル・ウィや、宮里藍がプレーしていた時代でした」
2010年、この「ホンダLPGAタイランド」で優勝を飾ったのは宮里藍だ。小柄な体で世界の大柄な選手たちを相手に頂点に立った宮里の姿。祖父と手をつなぎ、ロープの外からその勇姿を見つめていた少女の目に、それはどう映っただろうか。「アジア人でも世界で勝てる」。その強烈な原風景が、ジーノの心に種を蒔いたことは想像に難くない。
「あの頃はロープの外から見ていたけれど、今はロープの中にいる」
少女は成長し、憧れだった選手たちがいた場所に、今度は自分が立っている。しかも、追う側ではなく、世界中のゴルファーから追われる「世界1位」として。
「不可能なんてない」次世代へつなぐバトン
かつて自分が宮里藍たちを見て夢を抱いたように、今は自分がタイの子供たちにインスピレーションを与える番だと、ジーノは強く自覚している。
「この大会は、タイで開催される唯一のLPGAツアーです。たくさんの子供たちが私たちを見に来てくれます」
だからこそ、彼女は勝ちたいと願う。単なる勝利のためではない。
「子供たちに『不可能なんてない』と示したいんです。世界中の選手と肩を並べて戦うことは可能なのだと、証明したいんです」
祖父に連れられて歩いたパタヤの芝の上で、ジーノは新たな歴史を刻もうとしている。かつての少女が見上げた「憧れ」は今、次世代の子供たちが仰ぎ見る「希望」となった。ロープの中で戦う彼女の背中は、10年前の宮里藍のように、あるいはそれ以上に、大きく、力強く見えるはずだ。
