
昨年の12月に亡くなったジャンボ尾崎
まずはJGJA(日本ゴルフジャーナリスト協会)が尾崎氏に「JGJA大賞特別賞」を贈り、長男・尾崎智春氏にその盾を手渡し、追悼した。

写真は故郷・宍喰に帰った遺骨
尾崎家では49日法要の後に納骨式も行っている。戒名は芝の王ということで「芝王院徳覺威居士」。墓は尾崎氏の生前、すでに建立してあった。故郷・徳島宍喰の尾崎家代々の墓の隣に建てられ、墓碑銘は本名の尾崎正司ではなくジャンボ尾崎之墓と刻まれている。墓石は五重の塔の真ん中にゴルフボールをモチーフにしたデザイン。この2つは尾崎氏の“命令”で、完成した写真を見て、「これで俺も安心してイケる」とうなずいていたと話してくれたのは、最後まで献身的にサポートしたマネジャー兼トレーナーの宮下修氏。ちなみに高校時代の野球部の後輩であり、長くエースキャディを務めた佐野木計至氏の墓も、まだ本人は健在だが、3基隣に建ててあるという。
来る3月16日には「お別れの会」が帝国ホテル孔雀の間で行われる。発起人代表は青木功。発起人は日本プロゴルフ協会明神正嗣会長、日本ゴルフツアー機構諸星裕会長、ジャパンゴルフツアー選手会谷原秀人元会長が名を連ねている。喪主は尾崎智春氏。弔辞は前述の佐野木氏が読むことになっている。聞くところによると、3000人に招待状を出し、1000人の出席を見込んでいるという。その人数の多さにはやはりジャンボ尾崎氏の偉大さが分かろうというものだ。式典は招待者のみ参加だが、一般献花を13時30分から14時30分(最大延長15時)に設けている。
今季国内開幕戦の東建ホームメイトカップ(4月9~12日、東建多度CC・名古屋)でも追悼セレモニーが行われる予定だ。同大会は尾崎氏が1997年、1999年と2度勝利している思い出深いトーナメントである。2012年には、同大会プロアマ戦スタート前に前年12月に亡くなった杉原輝雄氏を追悼したことがあった。選手会を代表してマイクを握ったのが尾崎氏だった。
死とはその人の記憶が途切れた時だという。尾崎氏の記憶がある限り、尾崎氏は生き続ける。
※週刊ゴルフダイジェスト26年3月3・10日合併号「バック9」より
