ベイヒルクラブ&ロッジは、深いラフと硬いグリーンが選手たちを苦しめる屈指の難コースだ。フェアウェイを外せばグリーンに止めることすら困難なこの舞台において、まさに「ベイヒルが求めるゴルファー」と呼ぶにふさわしいのがキーガン・ブラッドリーである。
「ショットメーカーが上位に来る今大会において、彼は象徴的な選手と言えます。ラフが深くグリーンが硬いベイヒルでは、フェアウェイから打たなければボールを止められません。飛距離を出しつつも曲げない彼のスタイルは、このコースを攻略するための必須条件を満たしています」(杉澤)
近年の大会成績を見ても、彼がいかにこのコースを得意としているかがよく分かる。
「彼は直近5年間の出場でトップ10入りを3回果たしており、昨年も5位タイと抜群の安定感を見せています。25年の全体のスタッツでは、SG:ティー・トゥ・グリーンで9位、SG:アラウンド・ザ・グリーンで8位をマークしています。ショットの精度はもちろん、グリーン周りを含めた総合力の高さが、この難コースでの好成績に繋がっています」
バーモント州という雪国で育ったキーガン・ブラッドリーは、生後19カ月でスキーを始め、かつてはアルペンスキーの大会に出場するほどの腕前だった。そしてそんな彼の父親はプロゴルファー、さらに叔母は世界ゴルフ殿堂入りを果たした名選手パット・ブラッドリーという、まさにゴルフ一家の血を引くサラブレッドでもある。
「父親も叔母もプロという環境にありながら、彼が育ったのはゴルフの練習環境が限られた雪国でした。彼は『バーモントの冬を経験すれば、ゴルフ場のプレッシャーなんて大したことない』と語っています。冬の間はゴルフができないという限られた環境の中で、いかにスキルを磨き、自分の強さを証明するか。常に挑戦者の心を持ち続けてきたことが、彼の原点になっています」
雪国バーモントで培った精神力は、その後のキャリアでも遺憾なく発揮された。名門セント・ジョーンズ大学に進学すると、そこで9つのタイトルを獲得。卒業後はネイションワイドツアー(現コーンフェリーツアー)など下部ツアーで着実に実績を積み、最高峰の舞台へと這い上がっていった。
「彼は大学時代に9勝を挙げ、プロ入り後も下部ツアーで泥臭く実績を積み上げてきました。ジュニア時代から限られた練習時間の中で結果を出す集中力を養ってきた彼にとって、過酷な戦いも自分を磨くための大切なプロセスだったのでしょう」

2011年に初メジャー大会で初優勝を成し遂げたキーガン・ブラッドリー(撮影/姉崎正)
その不屈の精神力が世界を驚かせたのが2011年のことだ。初めて出場したメジャー大会「全米プロゴルフ選手権」で、彼はゴルフ史に残る快挙を成し遂げた。
「初出場にして初メジャー制覇という、史上稀に見る勝利でした。残り3ホールの時点で首位と5打差という状況から追いつき、プレーオフを制して優勝しました。極限の状態でも自分を信じ抜く力は、まさに雪国で培われた精神力の賜物でしょう」
2011年のメジャー制覇、2012年のWGC優勝と華々しいキャリアを築いたが、その後はパターのアンカリング規制という大きな壁に直面し、苦しむこととなった。2018年の「BMW選手権」で一度は復活勝利を飾ったものの、その後は再び優勝から遠ざかる長い苦難の時期を過ごした。そんな彼を救ったのは、2022年、日本の地で開催された「ZOZOチャンピオンシップ」だった。

22年のZOZOチャンピオンシップで復活優勝を遂げた(撮影/岡沢裕行)
「4年ぶりに涙の優勝を飾った際、彼はこう語りました。『日本は、本当にファーストクラスの大会だ。コースは素晴らしいし、何より日本のファンは世界一だ。ゴルフを深く理解し、ミスショットにも温かく、いいショットには情熱的な拍手をくれる。そのエネルギーが、苦しかった後半の僕を支えてくれた』と。この優勝を機に、彼の成績は再び右肩上がりとなりました。2023年には地元ニューイングランド地方で開催された『トラベラーズ選手権』で優勝。さらに2024年のBMW選手権では、ポイントランク最下位の50位から優勝するという劇的な復活を遂げたのです」
ブラッドリーのキャリアを語る上で欠かせないのが、欧米対抗戦「ライダーカップ」に対する並々ならぬ執念だ。13歳の時、父と観戦した大会で「いつかあそこに立つんだ」と決意したことが、彼のゴルフ人生の大きな原動力となっている。
「2012年のライダーカップで、米国選抜は最終日に歴史的な大逆転負けを喫しました。その悔しさがあまりにも大きく、彼は『次に勝つまで絶対に開けない』と誓い、当時の遠征用スーツケースを10年以上経った今でもガレージに放置しているほどです。そして2014年大会でも悔しい思いをし、ついに2023年。再び代表入りを果たす時が来たと誰もが思いましたが、彼は選出されるにふさわしい成績を残していたにもかかわらず、非情にもキャプテン推薦から漏れてしまいました。それでも彼は腐ることなく、毎日ライダーカップについて考え、自分がふさわしい人間であることを証明し続けようとしたのです」
かつては会場に来て練習し、終わればすぐに帰る人見知りな性格だったキーガン。しかし、40代を前にして、彼は自身のスタイルを変え始めた。

25年のライダーカップではキャプテンに選ばれ、敗れはしたもののチームを鼓舞し続けた(提供/PGAオブアメリカ)
「彼は非常に個性が強く、以前は自分の仕事をこなすことに必死でした。しかし今は『もっと仲間と繋がるべきだ』と感じ、若手選手にも積極的に声をかけるようになったそうです。コミュニケーションを見直したことが、後のライダーカップ・キャプテン選出にも繋がったのでしょう。また、彼は大のスニーカー収集家でマイケル・ジョーダンとも交流があります。ジョーダン相手にも本気で戦う負けず嫌いな性格が、プロ同士として響き合い、親交を深めているようですね」
“キング”アーノルド・パーマーが愛したベイヒルで、不屈のベテランがどのような戦いを見せるのか。自分自身が「ふさわしい人間であること」を証明し続けるキーガン・ブラッドリーのプレーから目が離せない。
U-NEXT 木村真希
