シグネチャー・イベント「アーノルド・パーマー招待」の会場であるベイヒルクラブ&ロッジに、待ち望まれた男が帰ってきた。メジャー2勝を誇るジャスティン・トーマス。昨年11月に腰の手術を受けて以来、約半年ぶりとなるPGAツアーでの実戦復帰である。開幕前日の公式会見に現れた彼の表情は、長いトンネルを抜け出した安堵と、純粋なゴルフへの渇望に満ちていた。「今シーズンを始められることに、ただただ興奮している。外からたくさんのゴルフを見てきたからね。今週、自分自身のために競技でプレーできるのが待ちきれないよ」。その言葉の裏には、彼を苦しめた“謎の不調”の正体と、過酷なリハビリ期間中の赤裸々な苦悩が隠されていた。
画像: 25年ツアー選手権でのJTのファンサービス。このときすでに脚の神経に痛みがあった?(撮影/岩本芳弘)

25年ツアー選手権でのJTのファンサービス。このときすでに脚の神経に痛みがあった?(撮影/岩本芳弘)

謎の不調の正体は「背中」ではなく「脚の神経」

トーマスは昨シーズン、ツアーで1勝を挙げ、ポイントランクも一桁で終える好成績を残す一方で、密かに肉体的な違和感と戦い続けていた。スウィング中に右脚が思うように動かず、疲労感を抱える日々。その真の原因は、彼の肉体の奥深くに潜んでいた。

「奇妙なことに、背中の痛みは全くなかったんだ」と、彼は衝撃の事実を明かす。

「右脚の全体に疲労感があり、スウィング中に右脚にうまく体重が乗らない、踏ん張れないという感覚だけがあった。背中の痛みではなく、奇妙な神経の症状が脚に出ていたんだ」

ゴルファーにとって命とも言える下半身の踏ん張り。それが無意識のうちに失われていたのだ。

「もしその原因がはっきりと分かっていれば、もっと早くMRIを撮り、ライダーカップが終わった直後の月曜日の朝には手術をしていたと思うよ」

最終的に脚の痺れが悪化し、神経の圧迫が判明。11月中旬、彼は即座にメスを入れる決断を下した。

ハイハイする愛娘を抱き上げられない葛藤

手術後のリハビリは、骨の回復を待つ神経質なものだった。「絶対に焦らないこと」。チーム全体でそのルールを徹底し、徐々にアプローチやパットから練習を再開していった。

しかし、根っからの競技者であるトーマスにとって、クラブを思い切り振れない半年間は精神的な拷問に近かった。

「精神的に本当にタフだった。気分の浮き沈みが激しくてね。もちろん、家族と多くの時間を過ごせたのは素晴らしかったけれど……」

そこで彼は、父親としての切実な痛みを吐露した。

「ちょうど娘がハイハイを始め、物につかまり立ちをする時期だった。近寄ってくる彼女に対し、僕は腰を曲げて抱き上げることができなかったんだ。それが本当に辛かった」

父親として一番触れ合いたい時期に、愛する娘を抱きしめることすら許されない。肉体的な痛み以上に、その歯がゆさが彼の心を蝕んでいた。

「何もしないのは得意じゃない」競技者の帰還

空白の期間、彼はベッドやソファの上で時間を潰す術を探した。その中で最も印象に残ったのが、俳優マシュー・マコノヒーの自伝的著書『Greenlights』だったという。「これまで読んだ本の中で、一番早く読み終えたよ」と笑うJT。

「みんなに『オーディオブックで本人の声で聴くべきだ』と言われたけど、実際に本を読み切った自分を誇りに思っているよ」

そして、この長すぎるオフは、彼にある確固たる「気づき」を与えた。

「引退後には、絶対に何か『仕事』が必要だと確信したね。僕は『何もしない』というのが本当に得意じゃないんだ」

競技の熱狂、ヒリヒリするようなプレッシャー、そして勝利への執念。それこそがジャスティン・トーマスの生きる意味なのだ。今ではボールスピードも「以前と遜色ないレベルまで出せる感覚がある」と語るほどに回復し、全力でドライバーを振り抜くことへの不安は消え去ったという。

「今週、そしてこれからの最大の目標は、結果を焦らないこと。マスターズに向けて、コンディションと感覚を通常に戻していくことだ」

失われた半年間を取り戻すべく、心身ともに完全にリフレッシュしたジャスティン・トーマス。復帰戦の同組はJTが初メジャーを制した17年全米プロで最後まで優勝を争っていた松山英樹。オーガスタの緑の絨毯を見据え、静かなる闘志を燃やす“JT”の第二章が、ベイヒルの地から力強く幕を開ける。


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