今年、石川遼が参戦していることでも話題の米下部「コーンフェリーツアー」。バハマから始まり、2月から3月初めにかけてコロンビア、アルゼンチン、チリと南米を舞台に熱戦が繰り広げられた。今回、ブラジル在住のスポーツジャーナリスト・大野美夏がコロンビアとチリの試合に潜入。日本では情報の少ない貴重な大会の様子を3回にわたりレポートしてくれた!

コンフォートゾーンを飛び出して

確かにサッカーなど団体競技と違い、ゴルフは日本を背負うというより、個人プレーの孤独な戦いだ。常に自分と向き合う。しかも、向き合う時間がある。瞬間的な瞬発スポーツと違いゴルフは常に自分とコースと会話をする。非常にメンタル的要素が高いスポーツだ。そこがおもしろくもあり、辛いところでもある。常に決断するのは自分。誰のせいでもない。全部自分で背負う。

大西選手がコロンビアでの試合後、現地の子たちにインタビューされていた。

「プロゴルファーとして成功に最も影響するのは才能、運、自己管理(ディシプリン)のどれ?」

「成功の80%は自己管理、20%は運。才能も多少はあるが、それほど重要ではない。結局のところ、日々のハードワーク(一生懸命取り組むこと)が一番大事なんだと思う」と答えていた。

アメリカ育ちの大西選手だが、「日本は食べ物もおいしいし、サービスはいいし、海外は日本のようにスムーズにいかないことが多い」と日本を絶賛する。2年前のコロンビアではお腹を壊したし、今回もアルゼンチンから体調が優れなかった。やっぱり日本は最高と言いながらも、日本ツアーだけでは味わえないワクワクを求めて、コンフォートゾーンの日本を飛び出して、再びPGAツアーに戻るために、ストイックに日々努力を続ける。KFTだけでなく、DPワールドツアー、日本ツアーと出られることは大きなアドバンテージだ。

石川選手がデータで見えるからこそ、辛い部分があると言うが、自分のミスや失敗が全部自分に降りかかってくる孤高のゲーム。ミスをするのも自分、ミスした自分を助けられるのも自分。その自分を支えているのは、日々のストイックな練習であり、ディシプリン、セルフコントロールなのだろう。

一度どん底を見た石川遼であり、期待に胸を膨らます杉浦選手であり、すでにPGAツアーの景色を見て、もう一度そこに戻ろうとしている大西選手である。

3人とも、コンフォートゾーンを飛び出し、世界で戦っている。

画像: 現地の学生からインタビューを受ける大西選手。英語での受け答えはお手のものだ

現地の学生からインタビューを受ける大西選手。英語での受け答えはお手のものだ

  *  *  *

チリの4日目、石川選手の試合終了後、飛行機の時間もあり慌てている中、インタビューを申し込むと、5分くらいならと快く受けてくれた。ラテンアメリカの印象を聞き、アルゼンチンの夕食がすごく遅かったこと、チリがすごく都会だということに驚きとてもいい印象を持ったことを話してくれた。徐々に調子が上がっている手応えも感じているようだった。

インタビューを終え、すかさず「もう一つお願いがあるんです!」と言った私に、同じくすかさず「ダメ」と冗談まじりに答えた石川選手。めげずに、すかさず「ボールください!」と言ったら、すかさず右手をポケットに入れて、さっきまで使っていたボールを取り出しサインしてくれた。名前と年と場所まで入れてくださいと言った私のリクエストを全部聞いてくれた。ボールに印されていた”3つのR”が戦いの後らしく掠れ気味に、でも光を放っていた。

ここまで良いスターいますか? だからこそ、彼はスターなんだろうとつくづく思った。

KFTは高いレベルとはいえ、長居するところではない。

杉浦選手、大西選手、石川選手はパスウェイを一気に突破して、絶対に来年ラテンアメリカに戻ってこないでください! PGAツアーに行きますように!

画像: 怪しい日本人(?)にも4日間神対応で接してくれた!

怪しい日本人(?)にも4日間神対応で接してくれた!

エピローグ

4月、ゴルフカーチャンピオンシップで上位に浮上し、ゴルフネットワーク ラテンアメリカの放送に石川選手の姿が何度も映し出された。

「Ishikawa is back!!」

ゴルフネットワークの実況が高らかに言った!

15歳でプロになり、若くしてスターになり、ずっとスター街道を歩んできた石川選手。一度はどん底に落ちて、日本に帰って、あれから8年。アメリカはあなたを忘れていなかった。あなたの再挑戦をずっと待っていた。

17歳で初めて夢だったマスターズに出て 当時のプロ最年少記録をを塗り替え、マスターズに5回出た選手は、そうそういない。あなたのPGAツアーへのカムバックを待っている人がたくさんいるのだ。

終わり

大野 美夏(Mika Ono Kibe)
スポーツジャーナリスト
岐阜県出身。立命館大学卒業後、JICA海外協力隊員としてブラジルへ渡り在住34年。ブラジル初の日本人女性スポーツジャーナリスト。南米サッカーの深層を追い続け、ブラジル代表をはじめ、FIFAワールドカップやリオ五輪など数々の国際大会を現地で取材。当時まだ14歳だったネイマールを日本メディアに初めて紹介するなど、現地に根ざした圧倒的なネットワークには定評がある。共著に『彼らのルーツ サッカー「ブラジル」「アルゼンチン」の代表選手の少年時代』。
サッカーを軸に、そこから繋がる他のスポーツ、教育や社会のありようまで、南米の「生」の姿を多角的に発信。「人に歴史あり」という好奇心を原動力に、スター選手から有名無名を問わず、一人ひとりの背景にある物語を等身大の視線で描き出す。
また、ゴルフ歴19年、USGAHCインデックス13.1のアマチュアゴルファーとしての顔も持ち、米PGA下部コーンフェリーツアーのプロアマ出場や、サンパウロ州ゴルフ協会クラブ対抗戦への参戦、PLゴルフクラブの女子キャプテンを歴任。1年中温暖な気候のサンパウロならではの週3回のラウンドを楽しむなど、ゴルフ愛はかなり強め。


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