
PINGの開発責任者ライアン・ストッケ(Ryan Stokke)氏
AIや打球ロボットの“盲点”が生んだ過去の失敗
現代のクラブ開発では、AIが何万通りものデザインを計算し、最も初速が出る形状を弾き出す。しかし、ストッケ氏はAIやシミュレーションツール、打球ロボット(Ping Man)のデータに頼り切ることは危険であると指摘している。PINGはAIを否定しているわけではなく、強力なツールとして活用しつつも、それを扱う「人間の深い知識」と「人間が使うという前提」を不可欠なものとして捉えているのだ。
その理由は、ロボットは「疲れない」からだ。計算上で「ヘッドを極端に重くする」と、ロボットは完璧に振り切るため初速も飛距離も伸びるデータが出るが、実際の人間が打つと18番ホールでは疲労で振り遅れ、右へのプッシュアウトを誘発してしまうという。ストッケ氏は過去の失敗例として、10年ほど前に業界で流行した「超軽量クラブ」を挙げる。
シミュレーション上はヘッドスピードが上がったものの、エネルギー伝達効率や重心位置が犠牲になり、実際のコース上でのパフォーマンス向上には繋がらなかったという。ゴルフは1発の飛びを競う競技ではなく、18ホールを回った時の平均的な良さが結果に直結する。だからこそPINGは、コース上での「着弾のバラつき」をいかに抑えるかという「実質的な寛容性」を最も重視しているのである。
不快な音は「スウィングを緩めさせる」音響工学の秘密
PINGの開発陣がAIデータ以上に執念を燃やしているのが、人間の感覚に直接訴えかける「音と振動」である。彼らは、音はゴルファーの認識に直結するため極めて重要であり、いくら結果が良くても、音が悪ければ脳は「ミスヒットした」と認識してしまうことを深く理解している。

インパクト時の音や振動の科学についてかなり研究していると話すストッケ氏
恐ろしいことに、インパクト時の不快な振動は無意識のうちにゴルファーのエネルギー伝達を妨げ、次からのスウィングを緩めさせてしまう原因にもなるという。
だからこそ、音響工学のチューニングは徹底されている。ターゲット層の心理に合わせて音の味付けも変えており、スウィングが速いプレイヤー向けの「LST」は抑えめのミュート音に仕上げ、スウィングが遅めな方向けの「SFT」は音量を少し上げることで「爆発力」の錯覚を与え、自信を持って振り切らせている。
さらに、素材の変更は音響に多大な影響を与える。例えばカーボン素材をクラウンやソールに採用すると、チタンとは音響特性が全く変わってしまう。そのため、内部のリブ構造の硬さや位置をシミュレーションと人間のテストで微調整するという、エンジニアたちの泥臭い努力が隠されている。
日米で異なる「心地よい打音」の定義
音へのこだわりは、国境をも越える。ストッケ氏は「日本のゴルファーは非常に音や打感に敏感だ」と語っている。なぜPINGがここまで音にこだわるのか。それは、世界で最も音に敏感な日本のゴルファーを納得させるためでもあるのだ。
日米のゴルファーでは好む音の傾向が全く異なり、日本の市場は「ピッチが少し高めで心地よく、少し長く響く(適切に減衰する)」音を好む。一方、アメリカの市場は「より深く、素早く響きが消える(短い)」音を好む傾向があるのだという。PINGはグローバルモデルでありながらこうした微細なチューニングを施し、各国のゴルファーが最も心地よく振り抜けるように設計している。
こうしたゴルファーの心理まで計算して作られている事実を知れば、打音が良くなった裏側に、熟練エンジニアたちの人間に対する深い理解と愛があることに気づくはずだ。AIには決して真似できない「人間の感覚とリアル」への探求こそが、PINGを唯一無二のブランドにしている。(文/山口哲平)
▶【PING開発者に聞く②】に続く
写真/有原裕晶
