今回ピックアップするのは東北福祉大出身の大塚大樹選手です。プロ7年目を迎える今年はシード権確保と、地力を上げることを目標に据えているステディな選手です。
画像: Daiki-Otsuka。1997年生まれの29歳。千葉県出身でツアープレーヤー転向は2018年

Daiki-Otsuka。1997年生まれの29歳。千葉県出身でツアープレーヤー転向は2018年

GD: ゴルフを始めたのは何歳の頃ですか?

大塚: 5歳だったと思います。父親に練習場に連れて行かれたのが最初だったと思います。

GD: 連れて行かれたというのは無理矢理ですか(笑)。

大塚: そういうわけじゃなかったと思いますが、後から聞いた話だとゴルフをさせたかったみたいです。父親がバスケットボール選手で、インターハイとかにも行っていたみたいで、ぼくもミニバスケをしていました。当時父は、実家の家業を手伝いながら「プロゴルファーになる」って言っていたこともあり、そんな思いもあって自分にゴルフをさせたかったのかもしれませんね。

GD: そしてゴルフにハマっていった?

大塚: そうですね。水泳も5年くらいやっていましたけど、ゴルフをやりたい気持ちはありました。父親からも「プロになるまでやめさせねぇぞ」ってよく言われていましたから(笑)。

GD: 高校まで地元ですか?

大塚: 千葉学芸高校に行きました。家から1時間30分くらいかかったんですけど、ゴルフをやりたくて頑張って通っていました。

GD: 大学は東北福祉に進学したんですよね。

大塚: はい。一応推薦で行かせてもらいました。当時の考えとしては、とりあえず福祉大に行けば日本のトップ選手がいて、日本一の環境があるだろうと思っていたので。同期は遠藤健太とか山路(幹)とかなんですけど、あまり成績を出すことができなかったので、取り上げにくいですよね(笑)。

GD: いえいえ、そんなことはありません。その中でプロになることを決断したということですね。

大塚: もちろん大学に入るときにはそう思っていましたし、口にも出していましたけど、心の中では、どこかで「俺なんかじゃ無理だろうな」という気持ちもありました。漠然とプロになりたいとだけ思っていたのかもしれません。ただ、4年の時に受けたQTで、同期の中では僕だけファイナルに進むことができて。それで「あれ?」と。だからあそこでファイナルに行けたのは、事実上決断するきっかけになったのかもしれません。

GD: プロに入ってからの感触を聞かせてください。

大塚: プロで通用するかどうか以前に、本当にお金がなくて。父親が市場で配送関連の仕事をしていたので、そこでバイトをしながら練習していました。朝4時に市場に行って、早ければ7時くらいに終わるんですが、そこからキャディをやったり、本当にずっと休まずに働きながら出られる試合に行くという感じでした。必死に働いて月に30万とか40万くらいは稼いでいたんですけど、それって本当に(ツアーの)1、2試合で稼げちゃう金額じゃないですか。自分がやっていることってなんなんだろうなって思いました。それでいよいよ金銭面でもきつくなってきた時に、今のスポンサーさんがサポートをしてくれるようになりました。本当に感謝していますし、結果を出して恩返しをしたいと思っています。

GD: 今季はもちろん優勝が目標ですか?

大塚: 人それぞれステップがあると思うので、自分はいきなり優勝なんてことは無理だと思っています。とりあえずトップ10に入ることを続けて、それでいろんなことを覚えていけるんじゃないかなと。プロ入りしてトップ選手たちの才能というか、レベルの高さは本当に感じています。もちろん諦めているわけではなく、努力はしていますが、埋まらないものはあると思っています。ただ、トップ選手たちにも波があるように自分にも波があるので、彼らの波が低くなったタイミングで自分のピークを持っていくことができれば、勝てるチャンスもあるのかなと。だから、今は地に足をつけて頑張るだけです。昨年、今年は自分のレベルの底上げはできてきていると感じています。

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2023年にメニエール病を患い、現在も症状を抑えながらゴルフをやっている状況の大塚選手。柔らかい雰囲気でおおらかな印象だが、人知れず悩みを抱えながらゴルフと向き合っている。徐々に成績も出始めているだけに、なんとか病気を克服して、自らが納得できるステップアップを果たしてもらいたい。

文/出島正登

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