ゴルフ界最古の歴史を誇るメジャーの祭典「全英オープン」。プライベートジェットでの移動や高級ホテルでの滞在が当たり前のトッププロたちが集うこの大舞台に、異色の経歴を持つ一人の男が挑もうとしている。月曜日の予選会を劇的な形で突破し、出場権を掴み取ったジョー・ディーンだ。しかし、夢の舞台を直前にした彼の現状は、華やかなツアーの世界とはほど遠い。「実は今週の宿がなくて、今のところ自分の車で寝泊まりしているんだ」と笑い飛ばす、泥臭くも逞しい男のリアルな逆転ドラマに迫る。

配達員としての4年間:「ゴルフに自分を定義させるな」

ディーンのプロゴルファーとしてのキャリアは、決して順風満帆ではなかった。日給わずかなミニツアーを転戦し、食いつなぐのがやっとの日々。トップツアーへの登竜門であるQスクール(予選会)への挑戦を夢見たが、高騰する参加費用や遠征費を前に、資金繰りは限界に達しつつあった。

転機となったのは、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲った2020年の春だった。「もうこれ以上は無理だ」と悟った彼は、生活と夢を繋ぐため、スーパーマーケットの配達員として働き始めたのだ。

「素晴らしい友人たちに出会えたし、自分をしっかりと地に足のついた人間に戻してくれた。あの経験を後悔したことは一度もないよ」と彼は振り返る。

そこから約4年間、彼は配送車のハンドルを握り、地域の人々へ日用品を届ける日々を送った。この風変わりな生活環境について、彼のコーチは常に「ゴルフというゲームに自分自身を定義させるな」と言い聞かせてきたという。特殊なプロの世界のライフスタイルに飲み込まれず、泥にまみれて汗を流した日々が、彼のゴルファーとしてのブレない芯を作ったのだ。

絶望からの這い上がり:1枠を巡る「ラストチャンス」の激闘

そんな彼が今回の全英切符を手にするまでの道のりは、まさに執念のドラマだった。実はディーンは、この直前に行われた最終予選会(ウェスト・ランカシャー)において、3人で残り1枠を争うプレーオフの末に敗退し、一度は絶望の底に突き落とされていた。

しかし、そこで諦めないのが彼の逞しさだ。彼はR&Aによって新設された、わずか12人の選手で最後のたった1枠を争う超過酷なサバイバル「ラストチャンス予選会」へと回った。

この運命の予選会で、ディーンは劇的なスコアメイクを見せる。追い風が吹く中で迎えたホール、残り250ヤードから放ったショットを、本人は「これまで打った中で最高の6番アイアン」と振り返る。放たれた白球はピンそば約1メートルに見事につき、混戦を一気に抜け出すイーグルを奪取したのだ。さらに最終18番ホールでは、グリーンサイドのバンカーにつかまるピンチを迎えたが、そこから見事なパーセーブを披露。見事に「68」のトップスコアをマークし、2位とわずか1打差で最後の切符をもぎ取った。

どん底からのブレイクスルーと、最愛のパートナー

かつては資金難からQスクールへの挑戦そのものを諦めかけていたディーン。しかし、当時キャディを務めていた親友のマックス氏やその両親など、周囲の温かいサポートに背中を押され、「失うものは何もない」と覚悟を決めて2023年11月のQスクールへ挑戦した。すると、全ステージを突破して見事にツアーカードを獲得してみせたのだ。

2024年の1月時点でもまだ資金繰りには苦しんでいたが、直後のケニアの大会で3位タイに入る大活躍を見せ、自らの力で一気に人生を切り開いてきた。

画像: ジョー・ディーンとキャディで婚約者のエミリーさん

ジョー・ディーンとキャディで婚約者のエミリーさん

そんな波乱万丈な彼のゴルフ人生を、一番近くで支え続けてきたのが婚約者のエミリーさんだ。プロ転向を果たした2016年の当初から彼を支え続け、大会の数週間前からは自らキャディとしてディーンのバッグを担ぎ、過酷なリンクスコースで共に戦っている。

エミリーさんの存在は、単なるキャディという枠には収まらない。実は、ディーンがスーパーの配達員として働くきっかけを作ったのも彼女だった。

「彼女が僕をスーパーに連れて行ってくれて、1〜2週間のうちに登録の手続きまで済ませてくれたんだ」

自身も州代表レベルの腕前を持つゴルファーである彼女は、プロの世界の過酷さも、彼の長所も短所もすべて知り尽くしている。「彼女は僕のことをよく分かっているから、本当に助かっている」と語るディーンの顔には、最愛の相棒への確かな信頼がにじんでいた。

ユーモアと逞しさ:「火曜日のほうが安いから」

大舞台の切符を手にし、まさに人生の絶頂期とも言えるディーンだが、彼らに浮ついたところは一切ない。現在の車中泊生活についても、悲観するどころか「きっとR&A(主催者)がホテルに部屋を確保してくれると思うんだ。エアコンもあるといいな」とジョーク交じりに語るポジティブさを見せる。

さらに全英オープンの翌週の火曜日、二人は待ちに待った結婚式を挙げる予定だ。「なぜ週末ではなく火曜日なのか?」という記者の問いに対する彼の答えがまた秀逸だった。

「そのほうが(結婚式の費用が)安いからね(笑)」

どこまでも自然体で、飾らない笑顔でそう答える彼に、同情は似合わない。地に足をつけ、自らの力でどん底から這い上がってきたジョー・ディーン。聖地リンクスで彼が巻き起こすであろう旋風に、心からのエールを送りたい。

写真/R&A提供

【動画】ジョー・ディーンが全英出場を決めた瞬間【全英OP公式X】

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