スポーツ一家のプレッシャーと「自らの道」
フォックスは、ニュージーランド(NZ)を代表する偉大なスポーツ一家の出身である。父親のグラント・フォックスは、世界最強と謳われるNZ代表ラグビーチーム「オールブラックス」の伝説的な名選手であり、祖父もまたクリケットのNZ代表キャプテンを務めた英雄だ。
母国で誰もが知る偉大な血脈。普通の若者であれば、その威光に押しつぶされてもおかしくない。しかし、フォックスは自らの生い立ちについて「彼らの足跡を継がなければならないというプレッシャーは全くなかった」と清々しく語る。
「祖父も、そして両親も、早い段階からずっと僕をサポートしてくれた。おかげで、僕は自らの道を切り開くことができたんだ」
周囲の重圧から守り、彼が愛したゴルフという「自分の道」を歩ませてくれた家族への深い感謝が、彼のキャリアの揺るぎない土台となっている。
引退の危機を救った「父の一言」
家族の支えを受けてプロゴルファーとなったフォックスだが、そのキャリアの序盤でいきなり大きな挫折を味わうことになる。プロ2年目、主戦場としていたオーストラレイジアツアーでのことだ。成績は振るわず、シード権喪失の危機に直面していた。
「シーズンの残り試合はわずか3試合。シード権の圏外にいて、僕は全くゴルフを楽しめていなかった」
どん底の精神状態の中で、彼は本気で「引退」を考えていたという。そんな彼を救ったのは、他でもない父・グラントだった。
シーズン終盤の豪州マスターズで、父は息子のキャディとしてバッグを担いだ。予選落ちが続き、苦悩する息子を見かねた父は、コース上でふと尋ねた。
「お前はなぜ、このゲームをプレーするんだ?」
フォックスは答えた。
「楽しいはずだから。でも、今は全然楽しくないんだ」
すると父は、優しくこう声をかけた。
「じゃあ、今週はただ楽しんでみよう」
結果を求めるのではなく、純粋にゴルフの楽しさを思い出すこと。肩の荷が下りたフォックスは、その大会で見事に5位へ食い込み、土壇場でシード権を確保したのだ。「あのときが、ゴルフを辞めるかどうかの瀬戸際だった」と振り返る彼にとって、父の一言がなければ、今年の全英王者は誕生していなかったのである。
異例の「遅咲き」キャリアが示す美学と、アドレナリンの計算
10代や20代前半の若きスターたちが次々と台頭し、ツアーを席巻する現代のゴルフ界。そんな中で、フォックスの経歴はあまりにも特異だ。
「DPワールドツアー(欧州ツアー)のルーキーになったのが30歳。PGAツアーのルーキーになったのが37歳。そして、メジャー王者になったのが39歳。確かに、今のトレンドには全く乗っていないね(笑)」
回り道を重ね、時には立ち止まりそうになりながらも、決して歩みを止めなかった。
「少しずつでも、毎年良くなっていければ幸せだ」
その謙虚で地道な歩みが、ゴルフの原点とも言える全英オープンの舞台で、ついに最高の結果として結実した。
特に象徴的だったのが、栄冠を手繰り寄せた18番ホールの劇的なバーディだ。ピンまで160メートル(約175ヤード)の第2打を前に、彼が手にしたのは9番アイアンだった。「普段9番アイアンは150メートル(約164ヤード)飛ぶ計算だ。今回は(ピンまで)160メートルあったが、極限の緊張でアドレナリンが出ているから絶対に届く」と自身の身体の変化を冷静に計算し、迷いなく振り抜いたのだ。空中のボールに向かって「頼むから良い球であってくれ(Please be good)」と叫んだという一打は綺麗にピンに絡み、世界中のファンを熱狂させた。
【動画】R・フォックスが「Please be good(良い球であってくれ)」と叫んだ18番セカンドショット【全英OP公式X】
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x.com家族の愛が詰まったクラレットジャグ

ライアン・フォックスがクラレットジャグを手にできたのは家族のおかげだろう
歴史に名を刻んだ39歳の「遅咲き王者」。優勝直後、彼はアメリカで吉報を待つ妻と2人の娘(イゾベルちゃんとマーゴちゃん)に向けて、テレビカメラ越しに最高のメッセージを贈った。
「慣れない異国(米国)での生活を支え、2人の子供を抱えながら多くの犠牲を払ってくれた妻は、絶対的な戦士(absolute trooper)だ。イゾベル、マーゴ、パパは君たちのためにこのトロフィーを手に入れたよ!」
その手の中にあるクラレットジャグには、彼自身の不屈の精神と、彼を信じ、どん底から引き上げてくれた家族の深い愛情がギッシリと詰まっている。
写真/R&A提供
