リンクス研究家・武居振一が、AIG女子オープン観戦のため現地(ロイヤルリザム&セントアンズ)へ飛んだ。優勝を果たした桑木志帆の激闘を目の当たりにした武居の頭には、ちょうど100年前のリンクスで繰り広げられた名勝負が再現されていた――。

劇的な追いつきと「勝負の綾」

23歳の桑木志帆は最終日、通算5アンダーで後続に1打リードの首位で最終ホールを終えた。しかし、エスター・ヘンセレイトが最終18番ホールで驚異的なバーディパットを沈め、劇的な形でプレーオフへと持ち込んだのだ。この時は完全にヘンセレイトへ流れが傾いたかに思えたが、「勝負の綾」がどちらへ転ぶかは誰にも分からない。

この状況を再現する。ヘンセレイトの本戦18番ホール。ティーショットは左ラフ250ヤード地点へ。持ち球がドローである彼女の2打目は、グリーン左12メートルに乗った。少し右に切れるラインは、外れる確率のほうが高い難易度の高いパットだった。勝利をほぼ手中に収めていたと思った桑木の気持ちを揺さぶるには十分すぎる場面だっただろう。

しかし、ヘンセレイトの手の動きはスムーズだった。ボールは綺麗な軌道を描き、カップに吸い込まれたのである。

そして、プレーオフはその18番ホールで行われた。400ヤードと距離自体は長くはないが、左右に厳格なバンカーが待ち構えている。特に左のバンカーは要注意で、何人ものプレーヤーがこの罠にはまり、ボギー以上の代償を払わされてきた。

画像: 安定したドライバーショットが桑木勝因のひとつ(写真/R&A提供)

安定したドライバーショットが桑木勝因のひとつ(写真/R&A提供)

ロイヤルリザムのコースには、フェアウェイの両サイドやグリーン周りに174個ものポットバンカーが点在している。しかし桑木は、4日間を通してティーショットがバンカーに捕まったのはわずか2回のみだった。

「初日と2日目はパットが入ってくれてスコアを作れました。でも一番大きかったのはドライバーショットで、4日間で2回しかバンカーに入れなかったこと。これが勝因の大半でしょう」と桑木自身が語る通り、ほぼ完璧な狙い通りにドライバーを運び続けていた。

100年前のロイヤルリザムに甦る「球聖の1打」

さて、プレーオフ1ホール目に話を戻そう。

ヘンセレイトのティーショットはフェアウェイほぼセンターへ。一方の桑木は右にプッシュアウトし、210ヤード地点のバンカー上にある深いフェスキュー芝の中にすっぽりと埋まってしまった。筆者もその場で確認したが、まさに絶体絶命の最悪なライ。「これで勝負あったか」と誰もが思った瞬間だった。だが、勝負の綾はここから大きく動き出す。

ここで私の頭には、ちょうど100年前の歴史が鮮やかに巡っていた。

画像: ロイヤルリザム&セントアンズの様子(筆者撮影)

ロイヤルリザム&セントアンズの様子(筆者撮影)

1926年、ここロイヤル・リザムで開催された全英オープン。球聖ボビー・ジョーンズとアル・ワトラスの死闘だ。ワトラス有利で進んだゲームは終盤16番でタイとなり、勝負を分ける運命の17番ホールへ向かった。ここで、球聖の人生を決定づける伝説の1打が生まれる。

ジョーンズのティーショットは左に飛び、砂地(のちの“ジョーンズのプラーク”が残る場所)へ着地。一方、ワトラスのドライブはフェアウェイセンターを捉え、2打目も着実にグリーンオンさせた。ゲームの流れは完全にワトラスにあった。

しかし、絶体絶命の危機からジョーンズが乾坤一擲(けんこんいってき)の1打を放つ。170ヤードの生い茂るゴース越え、しかもグリーンが見えないブラインドショットを、ワトラスよりもピンの近くへオンさせたのだ。度肝を抜かれ、動揺したワトラスは3パット。最終的に2打差をつけて、ジョーンズが全英オープン初タイトルを手にしたのである。この勝利こそが、その後の偉大なキャリアを築く礎となった。

試練を乗り越え掴んだメジャー初制覇

歴史は甦る。桑木の2打目は、100年前のジョーンズの時と同様に絶望的に見えた。

ここで小田亨キャディは「ここは出すだけ。3打目勝負で行こう」と冷静に声をかけた。この決断が正しかったことは、その後の展開が物語っている。そして勝負の綾はここにあったと言ってよいだろう。

桑木は無理をせず、3打目の75ヤードのアプローチを完璧に寄せてパーセーブを達成。対するヘンセレイトのほうに、目に見える動揺が走った。勝負の行方は一打ごとに行き来する。ゴルフの醍醐味と怖さはまさにここにあると、100年前のジョーンズが教えてくれているかのようだった。

そして迎えたプレーオフ2ホール目、桑木は人生最大のパーパットを沈め、わずか2度目の出場にして「AIG女子オープン」初制覇という偉業を成し遂げたのである。

2019年に渋野日向子が優勝した際も、筆者は現地にいた。その年のR&A会員秋のミーティングでは、筆者の恩師である故・川田太三氏と共に訪れ、大歓迎を受けたことを思い出している。あれから昨年の山下美夢有の躍進、そして今年の桑木の勝利と、我が大和撫子たちの素晴らしい活躍によって、R&Aの会員仲間に誇るべき思い出がまた一つ増えた。

画像: 黒のバケットハットをかぶっているのが筆者

黒のバケットハットをかぶっているのが筆者

武居振一(たけい・しんいち)
1952年生まれ。JGAゴルフミュージアム参与。R&A会員。リンクス研究家。


This article is a sponsored article by
''.