日本男子チームが達成した歴史的偉業
今大会における日本チームの戦績は素晴らしいもので、一般男子の部・団体戦で見事に優勝を飾りました。これは日本デフゴルフ史上初となる快挙です。
選手として参戦し、日本デフゴルフ協会事務局長も務める袖山哲朗さんは、今回の勝利について次のように語ります。
「今回の世界デフゴルフ選手権では、日本代表17名のうち半数以上が初出場という構成でありながら、チーム全体として非常に価値ある戦いを見せてくれました。国際大会の舞台で経験を積むことは、今後の強化を進めるうえで極めて重要であり、今回の出場そのものが日本代表にとって大きな財産になったと強く感じています。
2017年にデフリンピックでゴルフ競技が正式採用されたことを受け、日本では2020年にデフゴルフ強化チームを発足し、世界で戦うための体制づくりを本格的に進めてきました。その成果は着実に表れ、2022年大会で一般男子団体戦4位、2024年大会で同3位と順位を上げ、そして今大会でついに世界一をつかみ取ることができました。これは選手一人ひとりの努力はもちろん、長年積み重ねてきた強化の歩みが結実した結果だと確信しています」
素晴らしいですね。一人一人と協会が同じ方向に“歩み”を続けた結果の勝利なのです。
他の部門の結果や大会の報告は、協会のホームページをご覧ください。スウェーデン出身のヘンリック・ステンソンがスペシャルゲストとして参加した開会式や多彩な催し、何より日本チームの奮闘ぶりがうかがえますよ。

祝・世界一!男子日本チーム。(左から)米山優さん、袖山哲朗さん、前島博之さん、川嵜晃生さん、岩崎善徳さん。夕日も祝福してくれているようです
さて、代表選手のお話も紹介しましょう。
19歳・川嵜晃生が見せた勝負強さと絆
まずは団体戦の金メダル獲得に大きく貢献し、一般男子・個人戦で9位、ジュニア男子・個人戦で2位に輝いた川嵜晃生(かわさき・こうき)さん(ハンディキャップ+1、ベストスコア67、ゴルフ歴10年)。19歳になったばかりの日本チーム最年少選手で、先天性の聴覚障害があり1歳の頃から補聴器を装用してプレーしています。
「今回の世界大会では、日本代表の一員として初めて出場できたことをとても嬉しく思います。海外の選手と一緒にプレーするなかで、普段とは違う環境や強い風など、たくさんの貴重な経験をすることができました。
自分のプレーでよかったところは、最後まで諦めずにプレーできたことです。特に最終日の18番ホールでは、3打目の約10mのパットをバーディで決めることができ、思わずガッツポーズをしました。最後まで集中してプレーし、いい形で大会を終えることができました。一方で、ショットの安定感や、ミスをした後の気持ちの切り替えなど、まだまだ改善する部分もありました。特に大事な場面でのミスを減らし、安定したプレーができるようになることが今後の課題です。
チーム戦では、日本チームのみんなと力を合わせ、初出場で世界一になることができ、本当に嬉しかったです。自分でも、初めての世界大会で世界一になれるとは思っていなかったので、優勝が決まった瞬間は本当に感動しました。一人ではなく、チーム全員で声を掛け合い、最後まで諦めずに戦えたことが優勝につながったと思います。日本代表としてチームのみんなと世界一を取れたことは、今回の大会で一番嬉しく、忘れられない思い出になりました。

スウェーデンのリンクスコースの風に吹かれて。金メダルとトロフィー、そして日の丸を抱えて誇らしげな川嵜さん。「忘れられない思い出になりました」
今後は、ショットの安定性を高めることと、プレッシャーのかかる場面でも自分のプレーをしっかりできるようにすることが課題です。これからも練習を積み重ねて、さらにレベルアップしたいです。そして、次の2年後の世界大会では、個人戦でもさらに上位を目指し、日本代表としてチームにも貢献できる選手になれるよう頑張ります」
「この子はスターになる」9歳の出会いから10年
実は、川嵜さんが9歳の頃、袖山さんは一緒にラウンドしたことがあるそう。そのときのことをFacebook に綴っています。
『9歳のデフゴルファーと一緒に回ってみたけれど、スターになれる素晴らしい才能がある。とにかく体が大きく、身長142cm、体重55kg、ゴルフシューズは25.5cmとすでに大人サイズ。利き腕は左手だが、箸などは右手で使うようだ。今年の3月に始めたばかりであのスウィングができるのは、相当なセンスがある。どこまで成長できるか、今後の本人の努力次第だ』
この出会いから10年後、2人は同じ日本代表として同じ舞台に立ち、見事に世界一のタイトルを勝ち取ったのです。袖山さんが「感慨深い」と語るのも頷けます。
「川嵜選手と同じステージで戦えたことは特別な思いがあります。毎年11月3日に津カントリー倶楽部で開催されている『ザ・チャレンジドゴルフトーナメント』が縁となり、このクラブが2012年世界デフゴルフ選手権の開催地にもなりました。その4年後、2016年のザ・チャレンジドゴルフトーナメントで初めて川嵜選手と出会った際、『身体が大きい。足のサイズも私と同じぐらい大きい。環境さえ整えば、プロゴルファーになれる。世界一を獲れるかもしれない』と強く感じました。彼が大人になるまで、継続的にコミュニケーションを取り、成長を支えていく必要があると心から思った瞬間でした」
“原石”を磨き続けてきたことが、今回の結果に、そしてデフゴルフの発展につながってきたのです。
袖山哲朗が抱く「向上心」という名の矜持
さて、袖山哲朗さん(38歳、HC2.9、ベストスコア67、ゴルフ歴29年、生まれつきの感音性難聴)ご本人の、選手としての感想などを聞いてみましょう。
「障害者雇用アスリートとして臨む初めての国際大会でしたが、練習量や体調管理の調整に失敗し、怪我を抱えた状態での参戦となりました。そのため、今回は“最後まで完走すること”を第一の目標に据え、体調管理を最優先に取り組みました。
スウィング改造に着手してから16年目となりますが、まだ調子に波があり、安定した成績を残すことができませんでした。一般男子団体戦では、5名中3〜4番手の成績にとどまり、チームへの貢献度が十分ではなかったことに悔しさが募る大会となりました。ジュニアスクールで身につけた技術を軸にフォームを固めれば楽ではありますが、社会人になる前から世界一を目指してスウィング改造を決心し、本や動画を頼りにほぼ独学で習得してきた技術には不安定な部分があり、習得に時間がかかる現実にショックを受けました。

10年前、袖山さんと一緒にラウンド後、握手する川嵜さん。とてもキュート! でも、すでにアスリートとしての“目力”が輝いています(袖山哲朗さんFacebookより)
しかし今回の経験を通じて、『上を目指すなら、適切な指導者のもとで定期的にレッスンを受け、PDCAサイクルを確実に回していく必要がある』 ということを強く実感しました。この気づきは、今後の競技人生において大きな転機になると感じています。
次の試合は、9月中に開催される日本デフゴルフ選手権を予定しています。そのほかにも、日本社会人選手権や関東ミッドアマなど、複数の大会への出場が控えており、国内での実戦経験を積み重ねていくことになります。メジャー(野球)で活躍する山本由伸選手のように、無駄な力を使わず、最小限のパワーで効率的にスウィングできるフォームの確立を目指しています。技術の再構築と体の使い方の改善を進め、より安定したプレーができるよう取り組んでいきたいと思います」
川嵜さんに刺激を与える側だった袖山さんが、逆に刺激を与えられ、さらなる高みを目指す。これこそトップアスリートとしての向上心と矜持ではないでしょうか。
(次回につづく)
写真/川嵜選手家族提供



