単独2位に終わった坂本雄介の肉体は、限界を迎えていた。彼は肋骨の疲労骨折を抱えており、「元々、今週出られるかわからない状態だった」という満身創痍の状態で強行出場していた。傾斜よりも風の影響が勝る極限の状況下で、彼は自身のプレーをこう総括する。
「マネジメントを徹底して、自分自身ではほぼ完璧なゴルフができたと思う」
敗れた直後にもかかわらず、その表情に悲壮感はない。
「もちろん当たり前に悔しさもあるんですけど、この体の状態の中で、このセッティングでよくやったなとは思います。タラレバを言ったらきりがないんで」
一切の言い訳を排し、持てる技術とマネジメントを100%出し切った敗者のリアリズムがそこにはあった。
一方、勝者である細野勇策の精神状態は、常人の理解を超える次元にあった。終盤の17番、18番で連続ボギーを叩いた苦しい展開。一歩間違えれば自滅の可能性すらある重圧の中で、彼の内面を満たしていたのは焦燥感ではなく「歓喜」だった。
「このヒリヒリを味わうためにゴルフをしているので、改めて楽しい時間だった」
極限のプレッシャーすらエンジョイする強靭なメンタリティ。「焦って何回も失敗したこともありますが、ボギーでもいいと思えたのは成長した部分」と語る通り、重圧の中でも自分を客観視できる冷静なメンタルコントロールが、日本一の称号を引き寄せたのだ。

「ラッキーだった」と語る8番Hのチップインバーディ後にガッツポーズをする細野
勝負の潮目を決定づけたのは、前半8番(パー4)のビッグプレーだった。強いアゲンストが吹き荒れるなかの距離があるホールでのサードショット(残り約40ヤード)。「8割方ボギーだと思っていた」という極限の場面から放たれたボールは、ピン手前で2バウンドすると鮮やかにカップイン。劇的なチップインバーディに、細野も「めちゃくちゃラッキーだった」と笑みをこぼした。
死闘を繰り広げた二人の間には、スコアカードの数字だけでは測れない互いへの深い敬意が存在していた。

細野はこの優勝で27年マスターズと聖地・セントアンドリュースで行われる全英オープンの出場権を獲得した
一組前にホールアウトした坂本雄介。18番でボギーを叩いたことで、自身の優勝は限りなくないことを悟っていた。通常であれば、アテスト(スコアカード提出)終了直後にメディアの囲み取材に応じるところだが、坂本は「勇策の優勝シーンが見たいので、少し待ってもらえますか」と話し、そのままグリーンサイドへと足を運んだ。
冷たい強風が吹くグリーン脇で、死闘を戦い抜いたライバルの最後の一打、そして歓喜の瞬間を静かに見届けた坂本。優勝が決まった細野のもとへ歩み寄ると、「おめでとう」と温かい言葉を交わし、健闘をたたえ合った。
細野の勝利は、羽川豊以来となる実に45年ぶりのレフティ(左打ち)の日本オープン制覇という偉業でもあった。「自分の活躍によって、左利きの選手がもっと増えたり、道具や環境が少しでも充実すれば嬉しい」と切実な願いを口にした新王者は、この勝利によって27年のマスターズと全英オープンへの切符を手にした。
限界の肉体で完璧を追求した敗者と、極限の重圧を楽しんだ勝者。そしてグリーンサイドで交わされた誇り高きスポーツマンシップ。国内最高峰の舞台で交差したプロフェッショナルたちのコントラストは、次なる世界の大舞台でレフティ王者がどのような旋風を巻き起こすのか、という強い期待を我々に抱かせてくれる。(文/山口哲平)
写真/姉崎正

