ここでいう 「信用」とは、つくり方が粗雑とか悪いといった意味では、もちろんない。要するにプレッシャーがかかった状態で打っていないために、クラブのクセをつかみきれないから不安だという意味である。

プレッシャーがかかったとき、クラブはそのおのおのが持つクセによって、特有のボールが出る。それを知らないと優勝争いの大事な一打で思わぬミスとなってしまう。それでは不安で使えないというわけである。

画像1: 中嶋常幸 プロモデル誕生秘話!
「TN-87」後編

また中嶋は、 よく細かいことを指示してきた。たとえば構えてみて、リーディングエッジのところに線が見えると芝に引っかかるような気がしてダメなのだという。だから線が見えないように丸みをもたせるように要求してきた。

グリップでも 慎重。1箱150本の中からコードの入り具合や重量の同じものを選んで入れないと納得しない。

シャフトも、 入荷したときに工場で請け入れ検査をするが、さらにそれを仔細に調べ直して、キズ が付いたり曲がっているものをハネている。

何もそこまでも、と一般のゴルファーは思うところだが、それはプロの感性の鋭さを知らないからだ。同じメーカーの同じグリップで、しかも一つの箱の中に入っていても、わずかなバラつきがある。それをプロは簡単に見分ける能力を持っている。

「1本だけ飛距離の合わない番手があって、調べてみたらシャフトの長さが3ミリほど違っていたことがあった」

その違いを中嶋はちゃんと見抜いたのだという。「飛距離が2ヤード違う」と。

画像2: 中嶋常幸 プロモデル誕生秘話!
「TN-87」後編

またバックフェースに打たれた刻印。これを中嶋はインパクトエリアから外させた。刻印を打つ瞬間には、だいたい500キロ前後の圧力がヘッドにかかる。そうなると、その加重によってヘッドにゆがみが生じる場合も稀ではない。

あるいは刻印を打った部分だけ硬度に変化が現れるのではないかという不安。このような不安材料は、精度の高いアイアンをつくるときには捨て去ったほうがいい。

「要求が細かくなればなるほど、どうしてそこまでやらなくちゃいけないだと思ったが、結局、自分のクラブに対する考え方が甘かったことがわかった」

小原はこういって反省するのだが、確かに超一流のプロとなると、クラブに対して何かを持っている。その何かは数字で割り出せない一種動物的なカンと いうものだろう。またそのカンは、これまで積み重ねてきた苦労があったればこそ生まれ出てくる。

名器 TN-87モデルはこのような背景から誕生した。

ヘッドはコンベンショナルタイプとスコッチブレードの中間。というより、ややコンベンショナルスタイルといったほうが正確だろうか。もともと中嶋はスコッチタイプのミズノスタッフを使っていたから、好みに変化が生じたということになる。

重心位置はヒール寄り高め。トップブレードが肉厚で、フェースの高さもヒール寄りが低くなっていない。またバックフェースのトウ寄りから肉を削り落してあるので、やはりヒール寄りの重心になる。いわゆる昔からあるプロ仕様のモデルといえるだろう。ネック形状はややグーズ。

ただ中嶋本人が使用するものは、細部が頻繁に変わっていく。それもより良いクラブを手にしたいという本人の希望による。スウィングを変えれば、ヘッド形状も変わっていくのだという。

画像3: 中嶋常幸 プロモデル誕生秘話!
「TN-87」後編

ここのところ中嶋は絶不調。クラブをつくっている身としては大いに気に病むところだ。しかしクラブに責任があるわけではない。スウィング改造がいけなかったのか、それともからだがボロボロなのか。いずれにしても小原と試作室のクラブたちは待っている――。

(1989年チョイスVol,48)

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