中部が大学二年の頃だった。「日本アマ」のメダリストにはなるものの、マッチプレーになるとコロッと負ける。何年か、そういうことがつづいた。
そんな折、石井が独り言でも言うように、「グリーンに乗ったボールはワンパットで入るものだと思っておくことだね」と呟いた。
<相手はワンパットで入るものと思え>
中部はこの呟きを聞き洩らさなかった。目からウロコが落ちたらしい。心のどこかで“スリーパット”を期待していた。相手が失敗してくれれば自分は楽になる。
しかし、そういう”期待“で相手のプレーをながめていて、もしワンパットで入れられたら期待が大きければ大きいほど、今度は自分の心が動揺する。スリーパットはそんなときにしでかす。
「相手のミスを待ってるようでは勝てないのだ」
石井の呟きは裏を返せばそいう意味だった。入るものだと思っていれば、実際に入れられた時でも、よし、自分も入れ返してやろうと集中してパットに臨める。石井の言葉を聞いて以来、ゴルフが楽に出来るようになったと言う。
これはパットに限らない。相手は常に素晴らしいショットをするものだ、と思っておく。またそのショットに対抗するような気分も捨てる。良くも悪くも、相手のプレーに影響を受けたり、反応したり、対抗したりしているうちはダメだ、と自戒し、
「ゴルフは起こったことに鋭敏に反応せず、やわらかく遣り過ごすゲームなのだ」という中部ならではの金言、これは古今東西にゴルフ金言多しと言えども珠玉に価すると言ってよかろう。
彼が勝ちだしたのはそれからだった。ほんとに哲ちゃん(中部は石井のことをそう呼ぶ)のおかげですよ、と言う。いや、あんたに聞く耳があったからです、石井が言う。
「松が少なくなったので眺めが変わっちゃった」1番ティに立つなり中部はそう言う。
松喰い虫で「広野」の松がやられている、と言われ出したのは何時頃だろうか。名画の眺めが楽しめなくなったのは残念である。
(1990年3月チョイスVol.53)
その①の記事はこちら↓↓
アマ・ゴルフの世界 中部銀次郎「広野を往く」①
その②の記事はこちら↓↓
名手中部の技術を“発酵”させた名コース アマ・ゴルフの世界 中部銀次郎「広野を往く」②
その④の記事はこちら↓↓
視覚に訴える緊張感の緩和は「焦点」を狂わせる。アマ・ゴルフの世界 中部銀次郎「広野を往く」④