本日2016年12月30日は、タイガー・ウッズ41回目の誕生日。今年は12月の「ヒーローワールドチャレンジ」で1年3ヵ月ぶりにツアーに復帰して大きな話題となったが、タイガーだけにファンからはメジャータイトルなど「完全復活」が期待される。タイガーの新たな一歩を記念して、半生を改めて振り返ってみよう。

鮮烈なデビュー‼ ゴルフ界きってのスーパースターに

タイガー・ウッズは大学2年生だった1996年8月にプロに転向し、その年いきなり2勝を挙げる。翌1997年の「マスターズ」ではメジャー初優勝。このときタイガーは21歳3カ月。史上最年少優勝記録を更新するとともに、2位に12打差の圧勝。まさに鮮烈なデビューだった。

画像: 1997年「マスターズ」で初めてグリーンジャケットに袖を通すタイガー

1997年「マスターズ」で初めてグリーンジャケットに袖を通すタイガー

この年「マスターズ」含めシーズン4勝を挙げたタイガーは、史上最年少で世界ランキング1位、PGAツアー賞金王に輝いた。また1999年には「全米プロ」を含め年間9勝を挙げ、自身2度目の賞金王を獲得した。タイガー時代の到来だ。

「タイガースラム」

2000年には「全米オープン」、「全英オープン」、「全米プロ」のメジャー3冠を達成。そして翌2001年「マスターズ」でも勝利。史上初めてメジャー4試合連続優勝という大記録を成し遂げた。これを、彼の名にちなんで「タイガースラム(Tiger-slam)」と名付けられた。

タイガーがスコアを伸ばすと上位陣が焦ってスコアを落とす。そんな現象すらも生まれた。驚異的な身体能力に裏打ちされた圧倒的飛距離。タイガーの登場は、ゴルフという競技の性格そのものを決定的に変化させるほどのインパクトがあった。今でこそプロゴルファーがトレーニングをするのは当然のことだが、タイガー以前は必ずしも常識とは言えなかった。

画像: 2000年「全米オープン」では2位と15打差をつけメジャー3勝目。これを皮切りにこの年の「全英オープン」、「全米プロ」、翌年の「マスターズ」で勝利し、メジャー4連勝を成し遂げた

2000年「全米オープン」では2位と15打差をつけメジャー3勝目。これを皮切りにこの年の「全英オープン」、「全米プロ」、翌年の「マスターズ」で勝利し、メジャー4連勝を成し遂げた

世界ランク1位の在位期間は「683週」は歴代1位

2000年代になってからも、タイガーの勢いは衰えることはなく、1997年に世界ランク1位になってから、途中デビッド・デュバルやビジェイ・シンにその座を奪われたことはあるものの、2010年まで世界ランク1位であり続けた。その在位期間は歴代1位の「683週」。またメジャー通算14勝、ツアー通算74勝は歴代2位だ。テレビのメジャー中継にチャンネルを合わせれば、その中心にはつねにタイガーがいる。タイガーが勝つにせよ、別の選手が勝つにせよ、渦の真ん中にいるのはいつだって、タイガーだった。

画像: 2008年「全米オープン」で、メジャー通算14勝目を飾った

2008年「全米オープン」で、メジャー通算14勝目を飾った

2013年に復活賞金王になるが、その後はケガに泣かされる

タイガーは2009年のスキャンダル以降、成績が低迷していったが、2012年の「アーノルド・パーマーインビテーショナル」で3年ぶりの優勝を果たすと、この年は3勝。そして翌2013年にはシーズン5勝を挙げ、4年ぶり10回目の賞金王に輝いた。

画像: 2013年は「アーノルド・パーマーインビテーショナル」など5勝を挙げ、10度目のPGAツアー賞金王に輝いた

2013年は「アーノルド・パーマーインビテーショナル」など5勝を挙げ、10度目のPGAツアー賞金王に輝いた

しかしその後は腰痛に泣かされ、未勝利。2016年はプロ入り後初めて4大メジャー大会をすべて欠場したが、12月開催の自身がホストを務める「ヒーローワールドチャレンジ」で復帰を果たした。

「史上最高のスウィング」

当然時代によってタイガーのスウィングは変化しているが、上のスウィングは2015年当時のもの。このスウィングについて小平智は、「史上最高のスウィング」と称し、きれいなアドレス、ダウンスウィングのタメの深さ、インパクト以降の右足の粘りなど、あらゆる部分が参考になると話す。

復帰戦「ヒーローワールドチャレンジ」では、2日目に「65」を出すなどかつての爆発力は健在。来年はメジャー大会で優勝争いを繰り広げるタイガーをぜひ見たい。絶対、見たい!

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