ゴルフ史に残る逆転劇「カーヌスティの悲劇」
ここ20年の全英オープンでもっとも鮮烈な敗者は誰か? と訊かれたら、迷わずジャン・ヴァンデベルデの名前を挙げるだろう。
「カーヌスティの悲劇」(1999年)といえば思い出す方も多いはず。最終日の最終ホールを迎えた時点で後続を3打リードしながらトロフィーを逃した端正な顔立ちのフランス人が主役の物語だ。
予選会から出場権を得たヴァンデベルデは当時無名に近い存在だった。そもそも全英開催コースのなかで3本の指に入るほど難しいカーヌスティが悪天候に祟られコンディションは最悪。だが悪条件をものともせず無名の男がロングパットを次々と決めスポットライトの中心に立ったのだ。
最終日トップでホールアウトしていた選手のスコアは通算6オーバー。最終ホールを残し3オーバーのヴァンデベルデの優勝を確信した人は多かった。もちろん当の本人も。
しかしゴルフは何が起こるかわからない。バリーバーンと呼ばれる小川がフェアウェイ両サイドとグリーン手前を横切る厄介な18番パー4。ダブルボギーでもクラレットジャグは手に入る。だが…ティショットでドライバーを手にしたヴァンデベルデの打球は大きく右に曲がり、隣のホール(17番)のティグランド手前まで行ってしまう。
手前の池を回避するにはフェアウェイの良いところまで刻むべきだが、ヴァンデベルデはそこで果敢にグリーンを狙う作戦に出た。
すると今度は打球がグリーン右サイドのギャラリースタンドに当たって跳ね深いラフへ。さらにラフからバリーバーンに打ち込み、ウォーターショットを試みようと裸足になって流れに入ったところでボールが沈み茫然自失。
打ち直しの5打目がバンカーにつかまり、6打目で乗せて1パットのトリプルボギー。なんとかプレーオフには進出したが、地元スコットランドのポール・ローリーに勝ちを譲ることに。これが世にいう「カーヌスティの悲劇」である。
やれやれ。メジャーに勝つのはかくも難しいことなのか。その思いで試合後、フランスに帰国したヴァンデベルデと電話インタビューを行った。
もっとも悔やまれるショットを尋ねると彼は「18番の第2打だ」と即答した。「ティショットを曲げたのは仕方ない。でもミスしたはずのショットがものすごく良いライに止まっていたんだ。あまりにも魅惑的なライだったから、これならグリーンを狙えるだろう、と長いクラブを握ってしまった。あのとき冷静になって刻んでいれば……」
逃した魚は大きかった。それでもヴァンデベルデは悪びれた様子もなく「負けても全英は全英。そこで優勝争いをしたんだから悪くないんじゃないか」と明るい声を出した。
その彼も今年51歳。現在欧州シニアツアーのメンバーだが目立った戦績はない。「カーヌスティの悲劇」は遠くなったが、あのときバリーバーンに足をつけ、呆然と立ちつくした男の姿は今も記憶に焼きついている。
写真/岩井基剛