かつて、プロの好みに合わせて開発・販売されていたアイアンがあった。その時に用いられた、名手たちの好みを写し取った“フェース外形プレート”は、各メーカーで今でも保管されているという。伝説のクラフトマンが語る、連綿と受け継がれる“フェース外形プレート”に込められたゴルフクラブの本質とは。

パーソナルアイアンの基本。トッププロの証し。

月に一度は“ゴルフ古道具”の話をしよう。今日はパーソナルアイアン、シグネーチャーアイアンの話である。とくに2000年以降にゴルフを始めたゴルファーには、ピンとこないかもしれない、ちょっと古い話だ。

パーソナルアイアン、シグネーチャーアイアンとは、簡単にいえば、たった一人のプロゴルファー専用に作られたアイアンのことである。アメリカでは30年代から、日本でも80年代から90年代までは特定のプロのニーズを具現化したアイアンが作られ、その一部は販売されており、アマチュアゴルファーの憧れの的だった。プロにとっても、自分のモデルが作られ販売されるのは、いわば成功の証し。

ブリヂストンスポーツの『J’s』はすなわちその全てがジャンボ尾崎モデルだったし、弟の尾崎直道、飯合肇、湯原信光、丸山茂樹と契約選手用のアイアンが発売され、ミズノでも中嶋常幸モデルの『TN』シリーズが人気を博した。

画像: ブリヂストンスポーツに保管されている丸山茂樹本人用(MR-23)の外形プレート

ブリヂストンスポーツに保管されている丸山茂樹本人用(MR-23)の外形プレート

一方、それよりも全然前、海外でシグネーチャーモデルを確立したパイオニアは、ウイルソン社である。1930年初頭には、ジーン・サラゼン(プロゴルファーとして史上初のキャリア・グランドスラムを達成した名手)の名を冠したパーソナルクラブを販売、以降90年代後半までリミテッド的にパーソナルアイアンを発売していた。

構えたときはいつも同じ顔。今も残るアイアンのプロ対応。

以前、ウイルソンでプロのアイアン、パターを長く担当していた伝説のクラフトマン、ボブ・マンドレラ氏に話を聞いたことがある。その時、彼はこういっていた。

「ゴルフクラブの本質は、選手ごとにカスタマイズすることである。そして、アイアンにおいて最も大切なのは、プレーヤーが違和感をもたない“顔”にすること。バックフェースはモデルチェンジのたびに変わったっていいが、構えた時は常に同じにすべき。そうなるように、僕らはこれを持っているのだ」

マンドレラ氏が茶封筒から取り出して見せてくれたのは、アイアンフェースの形(外形)を番手ごとに写し取ったテンプレートだった。ロングアイアンからサンドウェッジまで輪ゴムで止めた束が幾つもあり、それぞれにジーン・サラゼンとかジョージ・アーチャー(69年マスターズ優勝)とか、ビリー・キャスパー(メジャー3勝)などといった往年の名選手の名前が書いてあった。

「どんなに優れた設計のクラブをCADデザインで作っても、それだけではトップ選手は使ってはくれない。構えやすい道具であるかどうかが大事なのだ」(マンドレラ氏)

名選手のフェース外形プレートをしまいながら、これが僕らのコンピュータだ、と微笑んだマンドレラ氏の顔が忘れられない。日本のメーカーにも、実は契約していた名手たちの好みを写し取ったフェース外形プレートが、今も大切に保管されている。ミズノでは最新アイアンが完成するたびに、契約選手それぞれの好む顔にカスタムグラインドして手渡しており、クラフトマンがフェース外形プレートを使わない日はないほどだ。

画像: ミズノテクニクス(養老工場)のクラフトマンが常用する、選手ごとや過去モデルのフェースを写し取った外形プレート。最新モデルのフェースにこれをあてがい、その通りに削っていく。

ミズノテクニクス(養老工場)のクラフトマンが常用する、選手ごとや過去モデルのフェースを写し取った外形プレート。最新モデルのフェースにこれをあてがい、その通りに削っていく。

今、ゴルフ道具は製品性能も製造精度も高レベルで並び立ち、差別化しにくい時代になっているが、わずか20年前はモデルごとに、メーカーごとに、個性的なアイアンの花が咲いていた。プロゴルファーのキャラクターも濃かった。彼らが愛する道具もまた、クセが強かった。思い出すとなんだかほっこりする、月に一度“ゴルフ古道具”の話だ。

撮影/富士渓和春

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