その日、セントアンドリュースの天候はくもり、半そでに上着を羽織れば寒くない程度の気温。風も穏やかで絶好のコンディションだ。いよいよ、聖地のプレーが始まる。年甲斐もなく、ワクワクした気持ちが抑えられない。それを鎮めるように、コースに一礼。
キャディからドライバーの飛距離を聞かれ、270~80Yと答えると3番ウッドを手渡され、フェアウェイ左サイドを狙うよう言われた。とにかく広くて真っ平な1番ホール。その左サイドを目がけて振り抜く。結果はナイスショット。
2打目地点では残り距離を教えられ、「ピンフラッグの色は白だ」と教えられた。オールドコースは、1番と17番、18番を除いたすべてのホールで、グリーンをふたつのホールが共有している。2
番と16番、3番と15番は同じグリーンを使うといった具合だ。1〜9番ホールは白、10番から18番までは赤いフラッグが目印となる。
2番ホールからフェアウェイにマウンドとポットバンカーが現れた。バンカーを避ければマウンドにかかるような設計になっているようだ。全英オープンが開催中のカーヌスティでは、ティショットがフェアウェイをときに100ヤード以上転がり、フェアウェイのポットバンカーまで入ってしまう光景を何度も見たが、オールドコースでも地面に落ちてからの転がりを、つねに考えながらプレーすることになる。
大昔、ゴルファーは杖のようなスティックでボールを転がしていたと言う。マウンドとバンカーが存在することで、彼らは“フェアウェイのライン”を読み、バンカーを避けてボールを転がす必要に迫られる。そのゲームを行うのに、真っ平らなフェアウェイで、バンカーもなければ面白くもなんともなかったのだろう。
もちろん現在のゴルフでボールは空中を高く跳び、マウンドもバンカーも飛び越える、しかし落下地点のマウンド次第ではバンカーに入るし、風が吹けばさらにその難易度は上がる。それに、この地ではグリーン周りのアプローチではパターでないと寄せられないケースが多くある。そう、先人たちがそうしていたように。
はるか昔のゴルフを体験できるのが、グリーン上だ。前述したように2ホールが兼用するグリーンがほとんどなので、横幅は100ヤード近くもあり、20ヤードや30ヤードのロングパットが残ることも少なくない。
言うまでもなく、グリーンはうねっている。距離によるタッチの強弱だけでなく、傾斜による強弱、さらには曲がりまで考えて、ボールを転がさなくてはならない。グリーンまでの道中は随分空中をショートカットできるようになったが、グリーン周りでは600年前とやっていることはおそらく変わらないのだろう。自分の持っている技術とメンタル、すべてが試される。おそらく、これがゴルフの本質だ。
気がつけば前半の9ホールを終えていた。イーグルもバーディもあったが、ボギーもダブルボギーもあった。キャディが、「37」とここまでのスコアを教えてくれた。
全英オープンの風物詩ともいえるポットバンカーにもつかまった。入ってみると、壁に近い位置にボールが止まっていれば諦めて横に出せるのだが、そうでない場合は越えるであろうクラブで打ちたくなる。それもまた技術とメンタルのレベルを求められることになる。
マスターズの創始者で、球聖と呼ばれたボビー・ジョーンズが初めて全英オープンに出場した際、11番ホールのバンカーから出すのに3打を要し、ダブルボギーパットも外してスコアカードを破り捨てて棄権したとキャディが教えてくれた。その6年後、ボビー・ジョーンズはオールドコースで開催された全英オープンで優勝している。6年間で、技術とメンタルを鍛えたのだろうか……。
少し残念だったのが天候だ。この日のラウンドでは風や気温の移り変わりもほとんどなく、後半は穏やかに晴れ渡り、「1日の中に四季がある」と呼ばれる天候による難易度の変化は味わえなかった。日本では雨風吹き荒れるような天候ではキャンセルするところだが、ここではその天候も味わってみたいと思わされる。これも不思議な感覚だった。
残りホール数が少なくなってきた。17番はオールドコースホテル沿いに位置する右ドックレッグのパー5。ティグラウンド右斜め前方の建物に見える「OLD COURSE HOTEL」の看板の、「OLDのOの字の上を狙って打て」とキャディからの指示。
フルバックのティだとHOTELのOの上を狙うんだとか。スライスしたら間違いなくホテルに打ち込むことになる。アドレスすると、かなりホテルのギリギリをかすめて行くような感じに見える。スライスだけはしないように打ったら、結果的にフックが強くなって狙いよりも左目に飛んで行ってしまった。ちなみに、このホールには中嶋常幸さんが脱出に4打を費やした通称「トミーズバンカー」が存在する。
17番を通り抜けると1番ホールとフェアウェイを共有するだたっぴろいフェアウェイが待っている。18番ホールだ。思い切りドライバーを振りぬいた。会心の一打で、2打目は残り65ヤードほど。グリーン周りで観光客が見守る18番はピタリと寄せて声援に応えたくなる。もちろん、ショットの後には名物の「スウィルカン橋」での記念撮影も忘れない。
ピンの左の上約2.5メートルにつけた。聖地でのプレーをバーディで締めくくりたい。が、下りのスライスラインのパットはわずかに外れ。パーパットを「お先」して、大きく息を吐いた。あっという間に18ホールのプレーが終わってしまった。
オールドコースは600年以上前から存在しているという。そこでのプレーを終え、青木功さんの名言「ゴルフはゴロフ」とはまさしくゴルフの起源を読み取った言葉なのだと実感した。
グリーン周りのアプローチに転がす選択肢をもっと考えてもいいし、ピンにたどり着くルートは人それぞれあっていい。これからの自分のゴルフが変わるだろうと思いながらコースを後にした。
オールドコースの設計者の名前は伝わっていない。「設計者はマザーアースだよ」とキャディが教えてくれた言葉を、忘れることはないだろう。