「それにしても上手かった」と同じフィールドで戦った塚田好宣も舌を巻いた
稲森選手が優勝争いを繰り広げた試合といえば、今年5月の「日本プロゴルフ選手権」が思い出されます。タフなコースセッティングに加えて最終日は雨が降りしきる中、1打差と優勝に肉薄したゴルフは「ただ曲がらないだけじゃない」強さを予感させました。その試合の練習日に稲森選手と話す機会があり、そのときは「とにかくフェアウェイキープがカギになる」と言っていました。それは今回の日本オープンにもまったく同じことが言えたと思います。
舞台は非常にタフな、日本オープンにふさわしいセッティングがされた横浜CC。大会に出場し46位タイでフィニッシュした塚田宣好選手に稲森選手について聞くと、こう証言してくれました。
「(開催コースの横浜CCは)決してラフが深かったわけではないんですが、ボールが沈んでしまうケースが多かったんです。それだけに飛ばし屋でもラフからピンそばに打つのは難しかった。グリーンの傾斜が強く、グリーンに落ちてからのランがあるとどうしてもピンから離れていってしまうんです。(フェアウェイ自体は広かったから)稲森ならあれだけ幅があれば外しません。フェアウェイから打てるから、余裕を持って攻められたんでしょう。それにしても上手かったですけどね」
同じフィールドで戦ったプロが「それにしても上手かった」と舌を巻くゴルフ。ただ「ラフに行かなかった」だけではない、ピンに対して狙いやすいサイドを狙い撃ちする精度の高さを、稲森選手は見せてくれました。では、その精度はどのようにもたらされたのでしょうか?
「手元とヘッド、そしてボールを頂点に二等辺三角形を描くイメージで構え、フェースの開閉を少なくしてボールをとらえやすくしています」稲森選手は自分のスウィングをそう解説してくれたことがあります。そこに一点付け加えるとすれば、それは“振り切る”という要素でしょう。試合をご覧になっていた方なら同意されると思いますが、優勝争いをしている中、誰よりもクラブをフィニッシュまで振り切っていたのが稲森選手でした。
よく言われることですが、曲がらないように“置きに行く”のではなく、フィニッシュまで思い切り振り切ったほうが軌道が安定し、ボールは曲がりません。それはすべてのプロが理解していることですが、初優勝がかかった日本オープンの最終日のバックナインでそれができるのは並大抵のことではありません。自分のゴルフに徹する力。時松隆光選手にも感じるその強さを、今回の稲森選手は見せてくれました。
日本プロ最終日のテレビ中継で、解説の丸山茂樹さんが稲森選手を「平成の杉原輝雄」と称していました。なるほど上手いこと言うなあと思ったものですが、今回のプレーを見ていて思い出したのは、全盛期の宮里藍さんのゴルフでした。体格に勝る世界のトップ選手にティショットで数十ヤード置いていかれても、伝家の宝刀であるフェアウェイウッドとユーティリティで先に寄せ、抜群の冴えを見せるパッティングで仕留める。飛ばなくても勝てることを体現し、世界ランク1位にまで上り詰めたゴルフと、稲森選手の最終日のゴルフは一脈通ずるものがありました。
今回の優勝は、まぐれではありません。以前私は、彼を評して賞金王を狙える逸材だと言い、そのためには平均パット、バーディ数が鍵を握ると予想しましたが、日本オープンでの稲森選手のバーディ数は4日間トータル21個で1位タイ。その背景には、以前よりさらに磨きがかかったように見えるショット力と、ボールの芯を撃ち抜くようなパッティングの向上が見られました。日本オープンの優勝賞金4000万円を加えて獲得賞金は約7450万円。首位の今平周吾選手に約500万円差に迫っています。
まだ24歳。これから先、どれだけ強くなれるかを、すべてのゴルフファンのみなさんと一緒に楽しみにしたいと思います。