曲がるラインのパットでは、 カップに向かう最大の傾斜を見つける
新米記者時代に、とても印象が強かったエピソードがある。
私がゴルフを始めたころは、パットなどというものは、だいたいのところに狙いをつけて、後はホールの近くまでいけば御の字と思っていた。
だが、ゴルフ雑誌の記者になり、取材で中村寅吉プロに話を聞いてから、パット、いや、ゴルフとはそんな簡単なものではなくて、もっと奥深いものじゃないかと思うようになった。
寅さんは(仲間うちでは親しみをこめて、こう呼んでいた)私の顔を見るなり「おめえが来たんじゃ、しょうがねえな」と、いいながら、本題のパッティングの狙いについて説明を始めた。
寅さんは紙と鉛筆を持ってこさせると「真っすぐなところなら、真っすぐに打てばいいんだけど……」と前置きし、問題は傾斜のラインだといって図を描き始めた。
それによると、傾斜のラインで最初に目をつけるのは、カップに向かう一番、急な傾斜の線を見つけること。そして、その線がわかったら、傾斜の度合いによって、その線上で10センチ上とか、20センチ上といった具合に見当をつけて、そこをターゲットにして狙って打つという方法だった。こうして狙いをつけて打てば、ボールは前進力を失ったときに、カーブしながら自然にカップへ転がり落ちる、というのである。
あまりに明快に説明するので、こちらもつい調子に乗って「10センチとか20センチというのは、どうやって決めるのですか?」というと「そりゃおめえ、経験だよ」と、あっさりかわされてしまった。確かに考えてみれば、千変万化の傾斜のラインが、数字で表されるはずもなかった。
一般に寅さんのパットのうまさを知っている人は、みんな「天才」のひと言で片づけてしまうが、実際の寅さんは、傾斜のラインひとつとってみても、自分なりの計算式を編み出すほどのち密さを持つ努力の人だったのである。そうした一面に触れられた私は幸せだった。
半世紀が過ぎた今でも傾斜のラインを目の前にすると、パットの構えに入る前に「最大の傾斜線はどこ?」と、探す習慣が身についてしまっている。しかし、ある程度の距離になれば、たとえ基準の傾斜線がわかっても、なかなか入るものではない。いつまで経っても、ゴルフへの探求心には終わりという日がやってこない。
後日談になるが、私が教わった傾斜のパットの狙い方は、寅さんの弟子のひとりからも同じ方法を聞いた。寅さんは新米記者の私を弟子並みに扱ってくれたのである。そんなふうに考えたとき、寅さんがいった「おめえが来たんじゃ、しょうがねえな」の言葉の意味がわかったような気がした。
それはあるゴルフ場の開場式で、寅さんと一緒の組でラウンドをしたときのことである。「世界の寅さん」が一緒だということで、よい意味で緊張し気合が入ったのか、最初のハーフで35というとてつもないスコアが出てしまった。その当時の私の腕前からすれば考えられないスコアであった。たぶん、寅さんはそのときのことを覚えていて「そのくらいの腕があれば、少しはおれのいうこともわかるだろう」と、弟子に教えているような秘密の技術を授けてくれたのではないか、と思ったのである。
この寅さんの言葉は「ゴルフ記者を続ける以上、腕前を上げなくちゃ」と、ずっと私を鼓舞し続けた。そして今では、プロを取材するようなケースはほとんどなくなったのに「三つ子の魂百までも」ではないが、とにかくうまくなろうという気持ちだけは残っている。
「ゴルフ、“死ぬまで”上達するヒント」(ゴルフダイジェスト新書)より