ダウンで頭がトップの位置にありながら体だけが左へスライドすると、ボール位置は右にくる
誰しも、陳清波プロといえば「ダウンブロー」が頭に浮かぶはずである。このダウンブローから繰り出される弾道は、ひと味もふた味も違っていた。ドライバーでもアイアンでも低く飛び出したボールが、途中からグーンと伸びていく。そんなすごいショットなのに、打っている本人はそれほど力を入れているようには見えない。
ご承知のように1957年のカナダカップは、日本(霞ヶ関)で開催されたが、その前年はイギリスのウェントワースゴルフクラブで第4回大会が開かれた。この大会に日本は林由郎プロと石井迪夫プロを送った。各国の強豪が集まった中で、日本チームは4位と大活躍している。一説によると、日本での第5回大会開催が決定的になったのも、2人の活躍があったからといわれている。
実は、陳清波プロも台湾代表として、謝永郁プロとともにこのウェントワース大会に参加している。そしてこの大会で陳清波プロは憧れの人とでもいうべきベン・ホーガンのスウィングをこの目でしっかりと頭に焼きつけている。ホーガンはサム・スニードとともにアメリカ代表として出場していたのだ。
陳清波プロはこのときの模様を湯原信光プロとの対談で次のように述べている。
「私は日本でスクェアグリップを勉強して、ロンドン郊外でベン・ホーガンのプレーを見ました。正直な話、こんな人と試合をするのは、図々し過ぎるんじゃないかと。そりゃもう機械みたいな人だったから」と、かなり強烈な印象を抱いたようだ。
さらに『ゴルフファンダメンタルズ』(ゴルフダイジェスト社=2000年刊)では「私のダウンブローは、あのときに煮つまったといってよい。スウィングの平面とボールに対するクラブフェースの入り方が実に見事だった。それこそ寸分の狂いもなかった。ボールをリモートコントロールで操っているみたいで、練習場で見ていても、一坪くらいのところにボールが集まっていた」と、感嘆している。
そして、語を継いで「ダウンスウィングで重心が沈んできて、それでいてスウィングの平面が崩れない。(中略)頭はトップの位置にありながら、体だけが左へスライドする。そうするとボールの位置はアドレスのときより、体との位置関係でいうと右へ来るわけだが、それはつまり両ひざが左へスライドしているからなのだ」と、ダウンブローの原点を、このときすでにホーガンのフォームから読み取っている。
陳清波プロは、ホーガンと同じスクェアグリップに磨きをかけると同時に、ウェントワースで見たホーガンを頭に描いて猛練習を続けた。陳清波プロによれば「昭和34年から40年まで、東京ゴルフ倶楽部で毎日のように練習した。このときにスウィングの基礎がほぼでき上がったと思っています」と、振り返っている。
ダウンスウィングと同時に飛球方向への平行移動が先行しなければならない
陳清波プロはウェントワークスのカナダカップでベン・ホーガンのフォームをかなり熱心に見てきたことはすでに述べた。『ファンダメンタルズ』(既出)の中で、聞き手の永井延宏氏に「陳さんのスウィングはボディターンではなく、左右への横の動きがメーンですね」と問われて、「そうです。体を回しては打たない。回しながら打ったら力が逃げちゃうんだ。だから回す前にボールを打ってね、打った後にちょっと体が回る」と、答えている。
この陳清波プロの言葉とベン・ホーガンが『モダンゴルフ』(既出)で、ダウンスウィングのスタートについて説明しているものと比較すると、陳清波プロがホーガンの急所をよく観察して、自分のものにしているのがわかる。
ホーガンは、こういっている。
「両腰を左へねじりもどしたまえ。それには体重を左へ移すための前方への十分な水平運動がともなわなければならない」
これが、ホーガンのダウンスウィングのポイントなのである。ダウンスウィングと同時に、飛球方向への水平移動が先行しなければならないという点では、陳清波プロの表現と完全に一致する。
私も取材中に体重を左へ移す動きについては、陳清波プロから手取り足取り「一度、両ひざを左へ移行させたら、もう一度ぐっと左へ押し込むんです。こうやらないとなかなか思うような平行移動はできないものです」と、教えられた。
だが、自分ではそうやっているつもりなのだが、なかなかうまくいかない。体のせいにはしたくないが、太くて短い足がそんなにしなやかには動いてくれないのだ。
この左へのニーアクションを続けてやっているうちに、取り組みに甘さもあってか、だんだん陳清波プロが教えてくれたダウンスウィングとは、違う動きになってしまった。後でわかったのだが、両ひざが左へ移行すると同時に前傾が深くなり、同時に右肩が落ちて、インパクトでは頭が上がってしまう。典型的なあおり打ちのフォームになっていたのである。
陳清波プロも「いちばんいけないのは前傾姿勢を深くすること。それをやるとボールを打つときに上体が起き上がるの。起き上がったら、あおり打ちになるんだから飛ばないよ」と危険性を指摘している。
私が、モダンスウィングをものにしようと取り組んでいた技術は、実はとんでもない間違いの方向へ進んでいたのである。私は元々あおり打ちの癖を持っていたのだが、それが、ここへきてまた出てきてしまったのだ。
順天堂大学の太田哲男教授(故人)は「ゴルフには『気づき』が必要です。それがわからないとスウィングの因果関係を割り出すことができなくなってしまいます」と、口癖のようにいっていた。
この時点で、陳清波プロがいう「始めから起きた状態でアドレスすればいいんです」ということに気づけば、長い間、苦しめられたあおり打ちとも、案外、あっさりおさらばできたのではないかと、今は思っている。
「ゴルフ、“死ぬまで”上達するヒント」(ゴルフダイジェスト新書)より