平成のゴルファーへグルームからの伝言
定年退職後好きなゴルフの仕事に携わろうとゴルフ場の支配人になった森田茂さんが、驚いたのは来場者のマナー知らずでした。そこでポケット判のマナーブックを作ってフロントに置きました。
これが評判となり、各地からコース名刷り込みでの注文が来ました。最終的には約二百コース、延べ約十万部に達しました。一部単価は数十円。森田さんの奉仕活動でした。もっと広がると期待された矢先、時代はバブル崩壊へ。ゴルフ場はまずこういう類いの出費をカットしました。
このミニブックが実際面でいかほど大きな効果があったのか、端で協力していた私でさえ定かではありません。その後も系列コースを持つ数社のマナーブックや有名倶楽部の会員誌のマナーページに関わりましたが、マナー知らずや知っていながら実践しない怠慢ゴルファーの心にしかと届き、プレー習慣が改善されたという話はごく稀です。
場内の立て札も張り紙も読まれません。経験上、効果があるのはやはりマン・ツー・マンの伝え方です。しかしそれとて、来場者を「お客様」としか思えないコースのスタッフと、自分を「お客だ」としか思わない人種の間では通じようがありません。
マン・ツー・マンで期待できるのは、メンバーシップの何たるかを弁えた会員同士か、倶楽部という快適社会を保護する責任感の強いメンバーと聞く耳を持つゲストとの間に限ります。そうしたまともな人々のための小冊子を、神戸GCが用意しました。
表紙に「グルームからの伝言」とあります。言うまでもなく同倶楽部の祖であり、日本のゴルフの開祖でもある、アーサー・ヘスケス・グルームさんのことです。
伝言は「言い残し忘れたことがある」と書き出されます。「諸君、神戸ゴルフ倶楽部に、これはいかん、あれはいかん、そういうべからず集はない。考えれば、分かるだろう。先輩会員を見れば、分かるだろう。分からなければ、聞けばよい。教えてもらって、笑えばよい。ここは、大人の遊び場だ。心おきなく楽しみ給え」
小冊子は鳴口信義画伯の絵本になっていて、日本のキャディ第一号・横田留吉も描かれています。
ここでのお楽しみはクラブ十本以内のゴルフ。それでも一人で四人分を担ぐ留吉にはたいそう重い。今日の留吉は、神戸GCの近くの大学の学生です。一組一人は変わらぬ原則です。「各自次のクラブを二、三本持って行こう。留吉たちは楽になる」「ゴルフ規則冒頭に心くばりと書いてあるではないか」とグルームは呼びかけます。
ショット跡の修復マナーの話は、昔の山頂茶屋のきれい好きだった婆さんの話でします。昨今の難題、プレー・ファストについても話しますが、ここは山坂のきついコース、プレーがきつくて遅れ遅れになる人には「パスという結構な知恵がゴルフにはあるではないか」と優しいのです。
神戸GCにグルームさんという得難い人物がいたことが羨ましい限りですが、それにしてもその生かし方の巧み、その洒脱、さすがはわが国ゴルフ倶楽部の最年長さんのなさることです。
「脱俗のゴルフ 続・ゴルファーのスピリット」(ゴルフダイジェスト新書)より