近年、アイアンのロフトはどんどんストロング化し、いまでは「飛び系」というジャンルが確立され、一般化するまでになっている。20~30年前まではどのアイアンもロフト設定はほぼ同じで、7番アイアンで35~36度くらいが一般的だったが、いまや34~35度から26~27度まで、モデルによって実に7~8度の差があり、その変化は確実にストロング化している。
こういった変化は、ひとつの側面として、ゴルファーが持つ「人より飛ばしたい」という欲求に応えたものであると考えられる。パー3のティショットを人よりも小さい番手で打つことは、「飛ばし屋」の証拠であり、ゴルファーとして大きな優越感を得られるようだ。
同時に、「アイアンがもう少し飛べば」という思いも多くのゴルファーが直面する感情のひとつだろう。たとえばグリーンまで残り170ヤード地点からの2打目。ここから5番アイアンが必要となると「ちょっと乗せるのは難しいかな。近くまでいけばOK」と感じても、6番アイアンで届くのなら「しっかり打てば乗せられるぞ」と思えるし、7番でいけるのであれば「よし、狙ってやろう」という気にもなる。
アイアンのストロングロフト化は、こういったゴルファー心理を反映したものだと言うことができるだろう。
このような変化が近年急速に進んだ理由には、工業技術の進歩がある。
ゴルフクラブというものは、ロフトを立てれば球が前に飛ぶ反面上がらなくなるため、無闇にアイアンのロフトだけ立てても、球が浮き切らずにキャリーが不足して、ストロングロフト化したぶんの飛距離アップ効果が得られるとは限らない。
しかしヘッドの製造技術が進歩し、ヘッドをディープキャビティ化したり内部に重りを入れるなどして低・深重心化することで、ロフトが立っていても球の高さを出しやすいアイアンを作ることができるようになったのだ。またこれには、ヘッドだけでなくシャフトの進化も一役買っている。
ストロングロフト化が始まったころには、「番手の数字がズレただけで、結局いままで打てていたロングアイアンが打てなくなって、下にウェッジを増やす必要があるのだから無意味」という批判的な声も多かったが、近年のアイアン事情を見るに、そう単純なことではなくなってきているようだ。
以前からストロングロフトアイアン肯定派として知られているクラブフィッターの鹿又芳典氏は「ストロングロフトアイアンの定着でアイアンが二極化し、ゴルファーにとって選択肢が増えている」と話す。
「二極化」とは、アマチュアにとって打ちやすい、ミスヒットに強く飛距離が出るアイアンと、高ヘッドスピード・高技術を持つプレーヤー向けの操作性の高いアイアンだ。
「前者は、ヤマハの『UD+2』などが代表的なモデルですね。長い距離をやさしく飛ばせるから、ヘッドスピードや技術が高くない人でもグリーン周りに球を運べる。アマチュアにとって150~160ヤードを7番とか8番アイアンで打てるというのは、心理的にもすごくラクですよね」(鹿又)
そして、「後者はいわゆるマッスルバックアイアン」だという。
「使いこなすにはある程度の技術とパワーが要りますが、操作性が高くて弾道の打ち分けができるし、硬いグリーンに球を止めるために必要なスピン量を確保できる。ラフでの抜けもいいから、コンベンショナルな場面で役に立ちます。タイガー・ウッズやジャスティン・ローズモデルのアイアンが市販されたり、キャビティにこだわっていたピンが『ブループリント』を発売するなど、ひと頃と比べたら明らかにマッスルバックも増えています」(鹿又)
こういったアイアンの二極化によって、アイアンにウェッジやUTなどを含めたクラブ選びの考え方が今後変わっていくだろうと鹿又氏は話す。
「僕はアイアンをウェッジのようにロフト別で単品販売するべきだと思っているんです。そうすれば、セットのお仕着せアイアンをそのまま使って『何番は何ヤード飛ぶ』と考えるのではなく、『何ヤードをどんな球筋で打つために、どんなクラブを使うか』でクラブを選ぶことができます。たとえば170~150ヤードはやさしく打ててグリーンに乗せられればいいから、ロフト28、32、36度の飛び系アイアンを使い、140ヤード以下はグリーンに球を止めるために38、42、46度のマッスルバックのアイアンを使う。そしてウェッジは48、52、56、60度。アイアンの上には180ヤードをやさしく飛ばせる24度くらいのUTを入れる……。そんな考え方のほうが合理的だと思うんです」(鹿又)
何ヤードをどんな球で打つか。そのためにどんなクラブを選ぶのか。これがストロングロフト時代のアイアン選びのキーワードになるだろう。