左にいく不安をフラットにして解消。気持ちよく振り切った
渋野さんのクラブセッティングを語る上で、注目したいのは「ライ角」です。ライ角とは、クラブとを地面に置いたときに地面とシャフトが作る角度のこと。これが適正でないと、インパクトでフェース面がズレやすくなってしまいます。
渋野さんはハンドダウン気味に構えるのが特徴の選手ですが、そのように構えると、ヘッドのトウ(先端)側が上を向きやすくなり、クラブの構造上、フェース面は左を向きやすくなります。そうなると、必然的にボールは左に飛びやすくなってしまいます。
そのため、渋野さんは「G410プラス」ドライバーのライ角を1度フラットにすることで調整。「左に行きそう」という不安を解消していることが、あの気持ち良く振り切るスウィングにつながっています。
たった1度と侮るなかれ、プロにとってこの1度は非常に大きいものなんです。実際、身長のさほど高くない鈴木愛選手も、同じドライバーをフラットにして使っていると言います。渋野さんは、3番ウッド、5番ウッド、19度のハイブリッドまで、1度フラットにしています。
ドライバーの話を続ければ、フジクラの「スピーダーエボリューションⅥ 569」シャフトもスウィングと非常にマッチしているように見えました。50グラム台と軽めのシャフトをあれだけ背中に当たるように振り切っているのが印象的でしたし、振り切った上でしっかりと距離を稼ぐことができていました。
余談ですが、あれだけ振り切れるのは「思い切りの良さ」という精神的要素に思われがちですが、そうではなく、純然たる技術です。軽いものを振り切るのはスウィングにゆるみがあれば不可能。ゆるみなく振る技術があり、それを支える強靭な下半身がなければ、振り切ることはできません。
ウッド類からアイアン、ウェッジと非常にオーソドックスなクラブセッティングの中で、飛んで曲がらなかったドライバーとともに、今回の勝利を象徴していたのが「シグマ2 アンサー」パターではないかと思います。
シグマ2というのは、フェースインサート(フェース面に複合された異素材)付きのシリーズで、オデッセイの大ヒットパター「ホワイト・ホット」のような軟らかい打感が特徴のモデルです。転がり自体はいいんだけど、選手の意図を超えて飛ぶことがない。入力に対する出力が揃えやすいパター。ちょっと乱暴な言い方をすれば「飛ばないパター」なんです。
この「飛ばないパター」を駆使した渋野さんのパッティングには、まったくゆるみがありませんでした。プロによっては弾きがいいパターのほうがゆるまず打てて結果がいいというタイプと、弾かないパターのほうがゆるまないというタイプがいますが渋野さんは明らかに後者。
元々は後方に重心のあるマレット型を使っていたと言いますが、今使っているオーソドックスで操作性の高いアンサー型は、重心が浅いことで、フォロー方向にストロークを出しやすい形状。操作性が高く、“意思”が伝わる形状であることも、彼女のストロークを支えていると思います。
しかも、使用ボールはタイトリストの「プロV1」です。これは非常に柔らかいカバーが特徴のボール。柔らかいボールと柔らかいパターの組み合わせからも、しっかりヒットするんだという意思を感じます。最終ホール、下りの早いラインを外せば何メートルオーバーするか見当もつかないタッチで撃ち抜けたのは、このパターとボールのスペックも無関係ではないでしょう。
実は、渋野さんのあのパッティングを見てから、僕自身もしっかりとストロークすることを前以上に心がけるようになりました。プロにとって、打ち過ぎるのは非常に怖いもの。それを恐れずにしっかりとゆるまず打てる。あのパッティングには、プロでも憧れてしまう魅力があると思います。
今シーズンの初めにピンの担当者から新しい契約選手として渋野さんの名前を聞き、その後実際にツアーの練習場で目にして、その担当者と「大化けしそうだよね。きっと優勝するよ。もしかしたら複数勝てるかも」なんて話したのはほんの数カ月前。予想は当たりましたが、さすがに、全英女子オープンで勝つとは……想像すらしませんでした。
同じピンの契約選手として、誇らしく思います。渋野さん、おめでとう!