3日目を終えて21位タイ。だが焦りはなかった
無名の選手が、笑顔を振りまきながら、全英女子オープン優勝の偉業を達成した。彼女は“笑顔のシンデレラ”と呼ばれた。
「シンデレラ」。それは、惨めな生活を送っていたシンデレラが、舞踏会で出会った王子様と、落としたガラスの靴をきっかけに再会し、幸せになるというお話。
時に、シンデレラは単なるラッキーガールだと思われるが、そうではない。不遇な状況でも、人や世間を恨むことなく、夢を諦めなかった結果、人生を好転させることができたのだ。笑顔のシンデレラ、渋野日向子も然りである。
ゴルフを始めたのは8歳。同級生に誘われて体験会に参加したのがきっかけだ。砲丸投げと円盤投げの国体選手だった父親とやり投げ選手だった母親のDNAを受け継ぎ、運動神経はよかった。身長も高く、パワーもピカイチだった。
「ジュニア時代はそれに頼ってゴルフをしてました」
渋野が振り返るとおり、技術やメンタルには未熟な部分があったため、中学、高校時代の試合成績はそれほどでもなかった。当時から全国大会で優勝や上位入賞を果たしていた、いわゆる黄金世代の同期、畑岡奈紗、勝みなみ、小祝さくら、新垣比菜らに比べ目立たぬ存在だった。高校卒業後、プロ宣言するも、最初のプロテストは不合格。この時ばかりは笑顔も消えた。
そんなとき。契約クラブメーカーに紹介され、出会ったのが現在のコーチ、青木翔氏だった。
その時、青木氏が感じた渋野の印象は、ズバリ「ド下手」。お世辞にも、うまいとはいえなかったという。彼女の代名詞である強気のパットも全く打てずに、カップに届いていなかった。ショットも逆球(ドローを打とうとしてフェードになる)が多く、チグハグだった。
顔を合わせて数日後、
「青木さんは私のコーチです」
渋野はいきなり電話で青木氏にそう告げた。「そこは『お願いします』でしょ!」と思いつつも、青木氏は承諾。ふたりは師弟関係を結んだ。
「やりたいことと、スウィングが合っていなくて、とにかくゴルフはハチャメチャでした。ただ、体格がよく、身体能力も高い。あとは、素直な性格がよかった」
青木氏は彼女のポテンシャルを認めた。渋野も青木氏を信頼し、真摯な態度で練習に取り組んだ。
前出の選手たちがレギュラーツアーで華々しく活躍するのをよそ目に、下部ツアーで研鑽を積む日々。
そして、2018年7月。満を持して臨んだ2度目のプロテスト。競技方法は4日間、72ホールのストロークプレー。合格は上位20位までの狭き門だ。渋野は、初日73と出遅れる。2日目68、3日目69とまくったが、初日のスコアが響き、3日目を終えた時点で21位タイ。しかし、不思議と焦りはなかった。
1年前より確実にゴルフはうまくなっているし、直前に出場した試合でホールインワンを達成し、運気も上がっている。コーチともども、悪いほうへは想像できなかったという。受験前から受かる気持ちしかなかった。そして迎えた最終日。渋野は前半で31を記録する。その結果、その日68で回り、順位は14位タイに浮上。
無事、合格した。
以後の活躍は周知のとおり。プロ入り1年目の5月に行われた国内メジャーの「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」で初優勝。さらには7月「資生堂 アネッサレディスオープン」で2度目の優勝。賞金ランキングで「AIG全英女子オープン」の出場資格を得ると、まさかの日本人42年ぶりのメジャー優勝を果たしてしまった……。
「シンデレラ」では、ガラスの靴が物語の鍵となっている。ガラスの靴をあの日、あの場所で落とさなければ、王子と再会することもなく、お妃になることもなかった。そう考えると、渋野のシンデレラ・ストーリーの鍵となるのは「31」だ。あの日、あの状況で「31」を出さなければ……今の彼女はない。
「我々は逃げの準備はしていない」。苦しい場面で彼女が「31」を出せたのは、まぐれではないと青木氏はいう。
「ゴルフはバーディを獲るより、ボギーを叩かないほうが大事だといわれる。しかし、予選を通るか通らないかの瀬戸際なら、安全策という選択肢はない。どんなときも、そういう気持ちでプレーしろ」
渋野は青木氏の教えを守ったのだ。素直に。
「ゴルフは自分にとってどんな存在ですか?」という質問に「仕事」と答えた渋野。だとすれば、次の大きな案件はオリンピックに出場し、金メダルを狙うことだ。「シンデレラ」は王子と結ばれ、めでたし、めでたしで終わっているが、渋野のシンデレラストーリーは、まだまだ始まったばかりだ。これからどんな展開になるのか。楽しみで仕方がない。
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