ついにルール改正にまで発展! 世界のトッププレーヤーを巻き込んで大論争に
米ツアーのプレーオフシリーズ初戦「ザ・ノーザントラスト」でブライソン・デシャンボーが、2.5メートルのパットに約2分、70ヤードのアプローチに約3分をかけたことが“炎上”状態にまで発展したことがきっかけで、世界中で議論が活発にされるようになったスロープレー問題。
具体策を打つツアーも出てきた。欧州ツアーは2020年シーズンから、1ラウンドで2回、タイムオーバーした者に即1ペナを科し、常習者には罰金を課すことを発表。さらに各大会の156人のフルフィールドを144人にする構想も打ち出し、選手出場枠の制限にも手を加える”踏み込んだ“策に出ることを予告。
この発表にファストプレーヤーとして知られるブルックス・ケプカやロリー・マキロイなどが反応し、米ツアーにもスロープレー対象者への厳罰制度化を訴えるなど、議論の尽きる様子がない。
国内男子ツアーはPGAが羨むほどのプレーファースト優良ツアー
一方で日本はどうなのか? JGTO広報理事の佐藤信人氏に聞くと、日本は、世界でも有数の「プレーファースト先進国」とも言えるプレー進行の速い優良ツアーなのだという。
「もちろん、コースによって移動距離や導線も異なるので、試合にもよりますが、1ラウンド平均4時間20分ぐらいで各組が回ってくる。同じコースで米国、欧州ツアーをやっても回りきる時間は、おそらく異なる(長くなる)でしょうね」。
過去には「どうして日本のツアーは速く進行できるのか?」とPGAツアーから問い合わせがくるほど、円滑なプレー進行には定評があるツアーなのだ。
要因は複数あるが、なかでも世界各国との「差」になっているのが国民性の違いだ。
「良し悪しは別として、日本人は昔から『和を持って』というかはみ出た行動は良しとされない雰囲気がゴルフに限らずあるでしょう。それに、競技委員の人たちがタイムパーを設定して選手に遵守させるように日頃から伝えてそれが守られている、うまくいっているということでしょうね」(佐藤氏)。
ゴルフのプレー進行の面で、‟お国柄‟が由来していることには、実際に世界各地のツアーで戦ったことのある国内プレーヤーたちの話で、よりイメージが沸くはずだ。
外国人選手と日本人選手、時間のかけ方はどこで変わる?
PGA下部のウェブドットコム(現・コーンフェリー)ツアーやアジア、欧州など豊富なツアー経験を持つ片岡大育は「やっぱり、日本のツアーが一番速いですね」と実体験をもとに明かしてくれた。
「基本的には日本人は、他人に気を使う習慣がありますよね? たとえば、ティショットで林に入れてしまったときなどは、次の一打は一度横に出して、もう一度、組み立てを考え直す策を選んだりします。海外ツアーの外国人選手の多くは、それをほとんどやらないですね。あくまで、そういった厳しい林のなかからでも、ピンまでの最短ルートは何か? ベストルートは何か? その地点に行ってから、また考え出す選手が多いです。1打目を打つ前のプランとは、まったく違うルートになっているわけですから、当然、時間もかかりますよね。日本人にある『往生際の良さ』が、外国人選手には『ない』というか。一概には言えないですが、間違いなく、そういった局面にかける時間のかけ方には違いがありますね」(片岡)
思い出すのは2017年の全英オープン。最終日の13番ホールでティショットを大きく曲げたジョーダン・スピースは、アンプレヤブルを宣言すると、次打を放つまでに実に20分をかけた。全英史に残る1打ではあるが、これなどはまさに「行った先でじっくり考える」海外選手ならではの時間の使い方と言えるかもしれない。
「時間のかけ方」の側面では、アジアツアーでも日本ツアーのプレー進行の速さは突出していることが、タイやインドなどのツアーでの出場歴が豊富な市原弘大の話から伺える。
「インドとかは、そもそも一打にかける時間が長いですね。それはどうしてかな、って考えたこともあるんですけど、個人が組を気遣うというよりも、自分のショットのほうが大事という考えが上回っているんでしょうね。少しキツイいい方をすれば『自分のことだけ』になっちゃっている感じはありましたね」(市原)
おとなりの韓国ツアーでは、意外な理由で……
意外な理由でプレー進行が遅いのがお隣の韓国ツアーだ。韓国ツアーに参戦した経験を持つベテラン・武藤俊憲は、現地でグリーン上でのプレー進行が遅くストレスを溜めつつあったところ、同組になった日本ツアーでもおなじみのキム・ソンヒョンから「ゴメンナサイね」と謝られ、その理由も聞いたことで「納得した」と振り返る。
「韓国ではとくにグリーンでは時間をかけてやらないと周囲から『適当にやっている』という風に見られて、批判の対象になってしまうんだそうです」(武藤)
韓国ツアーでは、そのパットを沈めたか、外したかという結果はもちろん、そこに至るまでの過程にも韓国のメディアやファン、関係者は目を光らせているというのだ。それがゆえに打つ前から、考え得る”成功のための準備“をルーティンとしてやっておかないと、あとで何を言われるか分からないという心理が働いているという。
アジアだけを見ても、あまりに違い過ぎる各国ツアーでの「気質事情」。理想はもちろん、世界各地でプレーファーストが実現することに異論はないはずだが、それは果たしてどうすれば実現の見通しを立てることができるのか?
佐藤信人広報理事は「もう、今すぐにこの問題を世界基準で、というのは正直難しい。ただし、取り組みとしてジュニア時代から、世界共通の取り組みというか、当たり前の“ルール”としてやっていけば、いずれはその世代が世界各国のツアーに出るようになったころに、いい意味での変化で出てくるとは思いますね。いずれにしても、この問題に、世界の共通認識を浸透させようと思ったら、長期での取り組みにはなると思います」。
日本ツアーがプレーファストの「先進国」なのは胸を張るべきだが、そこには場の空気を読む日本人気質、海外の個人主義とは異なる和をもって貴しとなす“お国柄”の影響もある。プレーファスト問題の解決には、まだまだ時間が必要となる気配だ。