PGAツアーの開幕戦を制したチリの20歳、ホアキン・ニーマン。実はこの勝利はセベ・バレステロス、ロリー・マキロイといったレジェンドクラスのプレーヤーに次ぐ記録的勝利だった!? 海外ツアー取材歴20年の大泉英子が解説!
練習器具でパッティングが劇的改善
早くも、先週から開幕したPGAツアー2019-2020年シーズン。開幕戦「ア・ミリタリー・トリビュート・アット・ザ・グリーンブライヤー」で今季初優勝を果たしたのはチリの新星、ホアキン・ニーマンだった。PGAツアー44試合目で念願の初優勝。
連日60台をマークし、特に2日目には62というビッグスコアを記録。2位のトム・ホージに6打差をつけて圧勝した。この優勝により、世界ランクも84位から50位にランクイン。マスターズとセントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズの出場権は今大会の優勝によって確定しているが、他のメジャーやWGCイベントへの出場もこのまま50位以内をキープすれば可能となる。
「本当に信じられません。チリの人たちはみんな見てくれていたと思う。実は今週ここにやってきた初日から、かなり自信があったんです。3週間コーチとみっちり練習して、リフレッシュもできたし、調子もとてもよかった。精神的にもいい感じだったし……。だから来た初日から優勝するつもりでいたんですよ」
ニーマンが自ら語っているように、ゴルフの内容はすばらしく、4日間でボギーはたったの3つ。昨年のPGAツアーの部門別の成績を見ると、彼はパットに難があり、ストローク・ゲインド・パッティング(編注:パットのスコアに対する貢献度を示す指標)ではツアーで141位(-.170)だったが、今大会では2.197をマークし、なんと1位。劇的にパッティングが改善されている。
「“パーフェクト・パット”という道具を使いはじめたんですけど、これによってラインの切れ具合やスピードを視覚化しやすくなったんです。ただラインを信じて打てばいい、と思える。本当にこの練習道具は僕に合っていると思いますよ」
最終日、最終ホールのパットは、約7メートルの長めのバーディパットだったが、これを見事に沈めガッツポーズ。日頃からコツコツと練習した成果が、この瞬間に結実した。普段は「どんな時も興奮するようなタイプではない」という冷静な彼が、最後のバーディパットが決まった瞬間、コブシを何度も振りかざして初優勝の瞬間を喜んでいたのは印象的だった。
アマ時代の初めてPGAに推薦出場したのも「グリーンブライヤー」
実はニーマン、この「グリーンブライヤー」とは非常に縁がある。アマチュア時代に初めてPGAツアーに推薦出場のチャンスを与えてくれた試合が「グリーンブライヤー」であり(29位)、昨年、プロ転向後に出場して5位タイに入賞したことで、2018年度のシード権を決めることができたのもここ「グリーンブライヤー」だった。そして今年は念願のツアー初優勝。こんなにゲンのいいコースなら、「ここが大好きだ」というのもお世辞ではないだろう。
バージニア州ホワイトサルファー・スプリングスにある「ザ・グリーンブライヤー」は、歴代のアメリカ大統領の避暑地として訪れる200年以上の歴史を誇るリゾート地。豪華ホテルの地下には米国議員たちの核シェルターもあるという話だが、ゴルフだけでなく、テニスやアウトドアスポーツ、カーレースなども楽しめる一大テーマパークのようになっている。
ニーマンも練習日には選手仲間たちとオフロードレースに興じたそうだが、「ここはゴルフだけでなく、いろいろなことができるから、気晴らしするにはとてもいいところだ。だからコースでも集中できる」と語っている。
2歳のときからプラスチックのクラブを握り、4歳のときは本物のクラブで……
ここでニーマンの過去やおもしろいエピソードについても、少し説明しておきたい。彼はチリ・サンチャゴ出身で、2歳の時に父親にプラスチックのクラブを与えられゴルフを始めた。4歳の時、家族でBBQパーティをやっている最中に、その周辺で本物のクラブで球を打っていたそうだが、その球が目標を外れて祖母の足に命中。深刻なケガには至らなかったが、当の本人は「ナイスショットだった」とケロリ。
また、本当は南フロリダ大学への入学をオファーされていたそうだが、TOEIC(英語を母国語としな者を対象英語によるコミュニケーション能力を検定するための試験)の点数が足りなかったため、進学できず、ゴルフ部への入部もできなかったというエピソードがある。
そんな彼はまだ20歳。一昨年から昨年にかけて44週間に渡り、世界アマチュアランキング1位だった彼が、昨年のマスターズには2017年ラテンアメリカ・アマチュア選手権で優勝した資格で出場した。その後プロ転向し、10試合でトップ10入りを4回果たして、2019年度のシード権も決めた。
今年はマシュー・ウルフやコリン・モリカワ、ビクトル・ホブランといった大学上がりの若手が、プロ転向直後にツアー初優勝を遂げたり、シード権を獲得したりと大活躍だが、ウルフと同い年の彼は大学に進学しなかったということもあり、昨年から一足先にプロの世界に足を踏み入れている。
きっとアマチュア時代のライバルだった彼らに先制パンチを見舞われ、「よし、自分も!」と刺激を受けたに違いないが、こうして21歳を迎える前にPGAツアーで初優勝を遂げたアメリカ人以外の選手では、過去95年の歴史の中でもセベ・バレステロスとローリー・マキロイしかいない。
また、21歳未満の選手が複数回優勝したのはチャック・コクシス、ラルフ・ガルダール、トム・クリービーが優勝した1931年以来初めてなのだという。
今後の目標は「プレジデンツカップ」の世界選抜入り
今季のPGAツアー初戦にして、チリ人初のツアー優勝記録を樹立し、歴史的な記録を塗り替えたニーマン。年内はオーストラリアで開催される「プレジデンツカップ」の世界選抜チームにキャプテン推薦で出場したいという目標がある。アーニー・エルスが世界選抜チームのキャプテンを務めるが、なんとか彼の活躍がエルスの目に留まることを願うばかりだ。
そしてその後は、同じく南半球にあるチリの自宅に戻り、家族や友人と祝勝BBQパーティをするのが彼の理想プランだという。チリでも彼の登場によって、新たにゴルフ場が建設されたり、ゴルファーの数がかなり増え始めているという。チリの星の影響力は、ここまで大きなものなのだ。
「今回の優勝が、チリのゴルフの発展に貢献できればいいですね。そしてもっとチリ人選手がPGAツアーでプレーするようになれば、と思います」