「ゴルフは最優先ではない」。タイガーが目指す子どもたちの育成
タイガー・ウッズが生まれ育ったカリフォルニア南部ロサンゼルス郊外のサイプレス/アナハイム地区に足を運んでみました。タイガーが通った公立ウエスタン高校から東に5キロ走った所にある市営ダッドミラーGCの横に「タイガー・ウッズ ラーニングラボ」はあります。自らのファウンデーション(TGR財団)が約28億円かけて開校させた施設を、今回はレポートします。
タイガーのチャリティ活動の始まりは、プロに転向した1996年にタイガーと父アール氏が立ち上げたタイガー・ウッズ財団(現TGR財団)。当初財団はゴルフを中心としていた活動でジュニアゴルファーを支援していましたが、2001年の同時多発テロ後に故アール氏とタイガーは方向転換を決意。タイガーが生まれ育った地域の子供達が放課後に安全で知識を広げ、将来社会に貢献して成功できるようにと資金集めに徹し、13年前の2006年、現在のラーニングラボ(学習センター)が設立されました。
建物があるアナハイム市は他のカリフォルニア南部地区と比べると「アンダーサーブトエリア」と呼ばれる場所で所得の低い家族が多く、大学卒業資格を持っていない両親やギャンググループに属している学生も多く、高校卒業率も低く、アジア系や中南米ヒスパニック系、黒人などの住民構成が多い場所なんです。
この施設で学ぶ事に対しての費用負担はなし、必要経費は身分証明バッジ取得の5ドル(550円)のみです。対象となるのはグレード7からグレード12(日本でいう中学1年から高校3年)の生徒達で、主にアナハイム市に住んでいる学生達が授業を終えたあと放課後に集まってきます。
昨年のジェネシスオープンの試合会場でタイガー本人に彼が展開する活動とジュニア育成に関して話を聞いたところ、「ゴルフ(を教えること)は我々の優先ではありません、それぞれの(厳しい)環境の中で育っていく子供達にできるだけよい機会を与えることができるように手助けをし、専門的な学習プログラムを用意してあげることにやりがいを感じています」と語ってくれました。
ジュニアゴルファーを育成し、将来PGAツアーで活躍させるような所ではないというのは建物に入った瞬間に感じ取る事ができました。壁にはSTEMという4文字が並び、いろいろな学習プログラムがリストアップされています。
STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとったもの。
「最近生徒達に人気がある学習科目はパソコンを使ったグラフィックデザインと『フォレンジックサイエンス(犯罪科学)』なの」と教えてくれたのは、施設を案内してくれたディレクターのレシュマ・メルワニ(Reshma Melwani)さんです。
犯罪科学とは、犯罪現場をシミュレーションして指紋やDNA分析、クロマトグラフィーなどについて学ぶこと。奥が深く、学生達の興味をそそるようです。全く予想していなかった学習カリキュラムの選択に驚きました。
学校ではなかなか学ぶ事のできない専門的な「STEM」科目を学べる場所。「ここでは教科書は一切なく、生徒達が見て触って造っていくという体験学習をモットーとしています」とメルワニさんは教えてくれました。
ここで50以上の専門的な科目トピックに興味を持ち、8週間を1サイクルとして放課後に学んでいきます。優秀な生徒には世界的に有名な名門大学で勉強を続けることができる「アール・ウッズ特待奨学金制度」が用意されています。大学に進学した後も「メンターシップ」という指導制度を続け、しっかりと就職する所まで面倒を見るという細かい所まで徹底したシステムが築かれています。
ここでのSTEMの教育システムは注目度が高く、学生だけでなくアメリカ全土はもちろん海外から高校指導者たちも学びに来るそうです。航空宇宙工学、ロボット学、ウェアラブルエレクトロニクス、ゲームコーディングなど、テクノロジーが常にアップデートされていく分野では、指導者も学び続けることが必要と彼らは唱えます。オンラインのプラットフォームで学習できるカリキュラムもすでにスタートしているようです。
もちろんゴルフに関する設備も用意されています。ゴルフ初心者でも最低限のルールやマナーを学ぶ機会を得られますし、9ホールのハーフラウンドも推奨されています。休み時間、気分転換に練習場でボールを打ったりショートゲームの練習もできますし、夏休みにはサマーキャンプも開催されます。
さらに、ただプレーするだけではなく「ゴルフオロジー=ゴルフ学」という造語で学習カリキュラムも用意されています。関連専門分野となるゴルフクラブデザイン、フィッティング、バイオメカニクスのスウィング分析のソフトウェア、芝管理などにも触れ、将来のキャリアに役立つように興味を持たせるそうです。
ちなみに、昨年マスターズの舞台で行われた「オーガスタナショナル女子アマ」で参戦した選手の中にはここの卒業生もいたそうです。が、奨学金を取得して大学ゴルフ部を経験した学生は13年で20人強と大きな数字ではありません。タイガーが語るようにトップレベルでゴルフをする事がここの施設の主目的ではないんです。
「私が次世代に残していくレガシーはゴルフコースでバーディーをたくさん獲ることではありません」と語るタイガー・ウッズ。自らの財団がホストを務めるPGAツアー競技やコンサート、チャリティーイベントで集められた寄付金は、この本校や全米各地にある分校での運営費用になっていきます(これまで財団に寄付された額は166億円強)。
今週はタイガー自らがホストを務める「ジェネシス インビテーショナル」が行われます。競技としての成功だけでなく、多くの企業や個人からの寄付によってTGR財団経由で更に恩恵を受ける学生達が増えることでしょう。