大脳は遊びやスポーツで活性化される
頭のいい子に育てたい......、それは親であれば、誰もが抱く願いではないでしょうか。みなさんのなかにも、頭のいい子に育てようと、小さい頃からお稽古ごとをさせたり、英才教室や学習塾に通わせたりしている方も多いのではないでしょうか。
もちろん、それが悪いというのではありません。親御さんのそうした思いは、3人の子どもを育てた私にだって理解できます。ただ、その方法は親が考えているほど効果的でなく、必ずしも親が願うような結果にならないこともまた事実です。
しかし、頭のいい子どもを育てるには、実はもっと効果的な方法があります。それは誰にでもできる簡単で、しかも高額な授業料もかかりません。
そんな夢のような方法はなんでしょうか? それが小さい頃から体を動かす、遊びやスポーツをさせることです。
もっとも、そんなことをいったところで、
「勉強ではなく遊べだなんてとんでもない」
「ウチの子どもはスポーツ選手になるわけではない」
といった反論をする人もいるでしょう。
そのような反論に対して、私は最初に断言しておきます。本を読んだり机に向かったりしているだけでは、頭のいい子どもは育ちません! 天才にしようなんて夢のまた夢です。
遊びやスポーツが体を鍛えてくれることは当然です。しかし、残念なことに多くの人は、遊びやスポーツが脳を鍛えてくれることを知りません。私にいわせれば遊びやスポーツは、体育、知育、そして心まで磨いてくれる徳育に優れた教材です。
名選手のスポーツ中の大脳の動き
わたしは整形外科医としての一方、プロ野球のトレーナー協会の顧問や冬期オリンピックのメディカルアドバイザーなど、プロアマ問わずさまざまなスポーツ団体とお付き合いをしてきました。そうした活動を通じて、名選手と呼ばれる数多くの一流アスリートと知己を得、また治療する機会に恵まれました。
その経験が一流アスリートは例外なく頭がいい、それはスポーツが大脳によい刺激が与えられるからだという結論につながりました。そんなわたしの経験から、一流アスリートの大脳の働きについて説明しておきましょう。
よく一流選手は、「動物的な勘の持ち主」と形容されます。しかし、わたしにいわせれば「超人間的な勘の持ち主」と表現する方が適切でないかと思っています。というのも人間は、地球上で体重比でもっとも大きく、かつ繊細な脳の持ち主です。となると一流選手の動物的勘とは、より高性能な大脳によって生まれる能力だからです。
動物的な勘などというと、あまり物事を深く考えない直感的なイメージの人物像が思い浮かびます。しかし、それは敏捷性に優れているのであり、それは大脳に直結する神経伝達のスピードが速いからにほかなりません。つまりすでに述べたように、瞬時の情報処理のできる高性能な大脳の持ち主ですから、考えるより先に体が勝手に動いてしまうのです。
このタイプの代表的なアスリートとして、巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督がいます。長嶋氏は、その独特な擬音語での指導が有名でしたが、体が瞬時に反応できる大脳の持ち主のために、言葉より先に動く体と一緒に、思わず擬音語を口から発する、という解釈ができます。
ちなみに動物的勘などというと右脳人間に思われますが、左脳に詰まった豊富で高度な情報と専門知識が支えています。右脳と左脳は脳梁でつながれていますが、この左脳の情報と知識が超高速で右脳、そして体中の筋肉に伝達され、思いどおりに体が動くのです。
やはり野球ではコントロールのいいピッチャーは頭がいい、とはよくいわれることです。これは巧緻性といわれるもので、一般的には器用と呼ばれるものです。そして、この巧緻性は神経細胞の連結器であるシナプスの数によってきまり、全身の神経系が発達していることの証明です。そしてシナプスの数は、スポーツの反復練習を繰り返すことで増えるとされています。
さて、一流選手を語るときには、一流のコーチの存在が不可欠です。古くは世界のホームラン王を育てた荒川博氏。また、ゴルフなど個人競技の世界ではブッチ・ハーモンやデビッド・レッドベターなど、ときに選手よりも有名なコーチもいるほどです。
わたしの経験からいうと、一流選手に共通するのは素直なことで、コーチのアドバイスに素直に耳を傾ける才能を持っていることです。素直といっても、コーチの指示に無条件に服従する、という意味ではありません。コーチからのアドバイスを、自分にとって必要かどうかが取捨選択でき、必要なアドバイスであれば、それを受け入れることが絶対にプラスになるという強い信念と自覚を持っているのです。
これは自分に暗示をかけ、自分をコントロールする能力と言い換えることができます。前頭葉の働きで、柔軟な大脳の持ち主にしかできない芸当といっていいでしょう。タイミングや、いわゆる間のとり方が上手なのも、一流アスリートに共通する能力ですが、これも優れた大脳だからこそなせる業です。
さて、わたしが出会った一流アスリートのなかで、特に印象に残っているのが、球史に残る名捕手で、南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた故・野村克也氏です。データを駆使し、また選手心理を巧みに読むID野球の先駆者でしたが、そこには「野球は頭脳のスポーツ」という信念ともいえる持論を持っておられました。これもまた大脳、特に分析能力を司る前頭葉が柔軟で発達していなければできない能力です。
さて、その野村克也氏の引退の言葉に、
「頭脳はピンチを救う最大の武器」
というものがあります。
実はこれは野村氏との対談のなかで、わたしがいった言葉の一節でした。
そうなのです。スポーツには頭のよさが求められると同時に、スポーツそのものが脳を鍛えます。
「頭がよくなる運動教室 オリンピック子育て論」(ゴルフダイジェスト社)より